混乱する東シベリア狙撃兵第四師団
「後方を上陸した日本軍を抜けないだと!」
ようやく後方に有力な日本軍が上陸して退路を断たれたのを東シベリア狙撃兵第四師団師団長フォークが知ったのは、夜が明けて暫く経ってからだ
少なくとも上陸時点で南山の戦いは陣地にこもったロシア軍が有利だった。
損害は少なく、日本軍第二軍の進撃を止めており、抜けられた陣地は無かった。
だが、海兵師団の上陸後、状況は激変した。
旅順への連絡路が断たれ退路が無くなった。
「馬鹿な! 誤報ではないのか! 一個師団もの兵力が上陸できるはずがない」
港湾のない場所に船舶から上陸するにしては早すぎるし、兵力が大きすぎる。
夜明けの僅かな時間で一個師団ほどの兵力が上陸できたなどフォークには信じられなかった。
上陸出来ても、せいぜい一個大隊程度だろうと思っていた。
だが、旅順方面からは確かに戦闘騒音が響いてきている。
それも中隊では無く連隊規模、いや師団規模の戦闘の音だ。
「なっ」
明瞭に聞こえる戦闘音でフォークはようやく事実である事を突きつけられ認めざるを得なかった。
「包囲されてしまった。我々はお終いだ」
南山の守備をまかされたフォーク少将は報告を聞いて動揺した。
元々旅順要塞の防御力を頼りに籠城するべきなのに、時間稼ぎの為に何千に部隊を配置するという計画にフォークは反対だった。
命令で来てみたが日本軍は予想より兵力が多く自分達は劣勢だと考えており強固な陣地を信じていなかった。
もう一つの旅順守備にあたる東シベリア狙撃兵第七師団では無く自分が出て行くことになったのは、時間稼ぎのための生け贄という被害者意識もあった。
何より、元々憲兵団上がりで実戦で落ち着いていられるほどの胆力はなかった。
過早とも言える旅順への撤退を命じた点でも指揮官として間違っていた。
そして窮地において包囲されたという報告を受けて動揺し大声で叫んでしまい周囲に動揺を与えてしまった。
「落ち着け! 我々は負けたわけではない!」
フォークと共に従軍していたロシア関東軍司令官ステッセル中将は動揺する部下を叱咤した。
もとより本国とは切り離されており、新たに旅順とも切り離されただけである。ここで長く交戦し、日本軍を釘付けにすることが任務だと心得ていた。
非常に不利な情勢である事は理解している。
だが、それでも最善を尽くすことが軍人であり、降伏を引き延ばし日本軍を足止めして本国からの増援が来る時間を稼ぐのが祖国への忠誠であり献身であり、勝利への道だと考えていた。
「確かに包囲されたが、前線は保っている。それに後方に上陸した部隊は上陸したばかりで態勢が整っていない。旅順から出てくる部隊を待って反撃すれば逆に挟撃できる!」
ステッセルは断固として命じた。
確かにステッセルの意見は当時の常識的には正しかった。
南山に部隊展開をしたのは陸地の幅が四キロと旅順までの間で最狭という軍事上有利な点があったからだ。
ここで日本軍を食い止め時間稼ぎをするのがステッセルの目論見だった。
旅順は確かに強固な要塞として建設されているが、担当者の横領が激しく主要な永久堡塁――分厚いコンクリートの壁で覆われた強固な陣地は出来ていたがそれ以外、永久堡塁の周辺に構築され堡塁を守る周囲の塹壕や機銃や大砲が備え付けられる特火点がない。
「旅順に要塞はない」
とある将軍が嘆いたほどだ。
城塞に詳しい東シベリア狙撃兵第七師団師団長のコンドラチェンコ少将に構築作業を命じているが、構築作業には時間がかかる。
そのために南山に前進して陣地を作り、待ち受けたのだ。
「正面の敵も遼陽の味方が背後を突いてくれる」
時間があればロシア満州軍、あるいはヨーロッパからの援軍がやってきてくれる。
来援するまで日本軍を引き留めておけば包囲殲滅できる可能性もある。
「だから持ちこたえるんだ。突入してくる日本軍は少数だ。囲んで押し返してしまえ!」
ステッセルは大声で叫び叱咤した。
そのため一時的にロシア軍の混乱は収まった。
だが、目の前で起こった光景はそれらを全て吹き飛ばした。
皇海から放たれた一二インチ砲弾がロシア軍陣地に着弾したのだ。
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