ニコライ二世の憂鬱

「バルチック艦隊が負けた……」


 ロシア艦隊、敗北の報告にロシア帝国中枢は愕然とした。

 特にニコライ二世は絶望の淵に立たされた。

 戦局挽回の期待を込めて送り込んだバルチック艦隊が完膚なきまでに壊滅したのだ。

 日本軍の虚偽報道と言う者もいた。

 しかし僅かに残った艦がウラジオストックや中立国の港に入港し、本国へ報告し事実である事が分かった。

 だが、日本艦隊が各地に凱旋してくると声は小さくなった。

 損傷していたが、水雷艇三隻以外全て浮いており、被害は殆どなかった。

 なにより、捕獲されたロシア艦が全て回航され航海されたことが大きかった。

 早速ピューリッツァ率いる報道チームが乗り込み捕獲されたロシア艦の写真を撮りまくり、敗北を全世界に報道。

 世界は日本の勝利に驚き、興奮した。

 そして、東郷がロジェストヴェンスキーを見舞ったという話が流れた。

 乃木に習い、ベッドに見舞いをする姿を一枚撮っただけだったが、ロシアの敗北を象徴していた。

 また取材こそ捕虜を人道的に扱うため、許可されていなかったが、同意の下、インタビューが行われ、また捕虜達が家族と手紙をやりとりしたため、事実だと分かった。

 ピューリッツァも彼らの特集記事を書き、事実である事が全世界に知らされた。

 捕虜となった将兵達の聞き取りも中立国および赤十字経由で行われ、多くの将兵が捕虜になっている事が判明。

 ロシアが制海権を確立するどころか、日本の海上交通路を破壊する事さえ、不可能になった。

 鹵獲された艦艇を公表、記者団を招いて取材を許したり市民に一般公開されたため、敗北を隠すことも出来なくなり、ロシアは難しい立場に立たされた。

 主戦論者の声は急速に小さくなっていった。

 ロジェストヴェンスキーを非難する声もあったが、では何故司令長官にならなかったのか尋ねると黙り込む手合いだ。

 そしてロシアは更に窮地に立たされる。

 更に日本が、制海権を得たことで、艦艇を動員。

 オホーツク沿岸とカムチャッカに艦隊を派遣し、陸戦隊を上陸、占領した。

 本格的な占領報告にニコライは焦る。

 しかも、アムール川へも上陸を始めている。

 戦線の拡大は本意ではないし、ロシアの領土が奪われるのは嫌だ。

 だが阻止しようにも辺境だ。

 日本軍は、海を使って移動できるが、ロシア軍は大軍を輸送できる手段がない。

 打つ手がないように思えた。


「陛下、ゲオルギー殿下がおいでです」

「……会いたくない」


 侍従の言葉にニコライ二世は素っ気なく答えた。

 あれほど自信満々に艦隊を送れば勝てると思っていたのに、負けてしまった。

 それも、史上希に見る大敗北だ。

 会おうとは思わない。


「ですが、殿下が是非にと。帝国の為にもお話ししたいと」

「……わかった。会おう」


 部屋に通されたゲオルギーは一礼して話し始めた。


「陛下、どうか日本との講和を」

「艦隊は敗れたが、ロシア軍はまだ健在だ。新たに満州軍総司令官に任命したリネウィッチ大将は秋までには増強が終わり、攻勢に出て勝てると言っている」

「そのような状況ではありません。民衆の反発は大きくなっています」


 一月の血の日曜日事件から始まる革命騒ぎは留まるところを知らなかった。

 各都市でデモとストライキ、時に暴動が起きている。

 特にストライキは深刻で工場の労働者が、軍需工場の労働者がストライキを起こして機や砲弾の製造が停止していた。

 また、鉄道への攻撃も激しくなっており機関車の破壊やレールの寸断が行われていた。


「とても、戦える様な状況ではありません」

「そんなの一部だ」

「しかし、憂慮すべきです。国内だけでなく、国外からも憂慮する声が上がっています」

「まさか。講和を仲介するアメリカからだろう」

「いいえ、本当です。フランス、英国、ドイツ、イタリア、ヨーロッパの王国が日露戦争を中止して国内の暴動を沈静化するように要請しています」


 もし戦争が続き、ロシア革命が広がったらフランス革命のような事が起き、ヨーロッパは混乱する。

 それは避けたいとヨーロッパ列強、特に王室を持つ国々は考えていた。

 勿論、日本が列強にそれとなく工作したこともあり、ロシアへの講和への圧力は高まっていた。

 ヨーロッパの王国各国と縁戚関係にあるニコライにとっては無視できないことだった。


「だが、講和しては我が国の面子が」

「各国が講和を勧告しているのです。必要な事だと考えるでしょう」

「だが」


 だが、ニコライにはまだロシアが日本に勝てるという希望を持っていた。

しかし、それは砕かれた。


「大変です!」

「どうした」

「黒海艦隊の戦艦ポチョムキンで反乱が起きました!」

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