戦時国債の売れ行き

「出撃する前にキツく言っていたからの。ニューヨークとロンドンで販売を始めた。大盛況じゃ」


 日本海海戦の前、鯉之助は龍馬に新たな戦債を発行するように依頼いや事実上命じていた。


「まさかあれほど、しかも低利で売れるとは思わなかった」

「大勝利でしたからね」


 やったのは今後の戦費調達と借り換えだ。

 前の戦債の金利は高めに設定しており利子の支払いが高い。

 そこで、利子が低い戦債に借り換えることで、利払いを少なくしようと試みた。

 日本海海戦の大勝利もあって、人々はこぞって日本の戦債を購入しに行った。


「個人向けの小口も好調なようじゃのう」


 投資家などの大口の他に中産階級向けの小口戦債も売り出していた。

 最初は販売が上手くいくか疑問だったが、アメリカの発展により市民が豊かになったこともあり、売れ行きは好調だった。

 株式以外への投資先として、戦勝が確実な日本の戦債を買おうという市民が多かった。


「近いうちに更に利子の低い公債を発行する予定じゃ」

「それでいいです。少しでも利払いをよくしないと。大勝利の興奮が冷めないうちに売りまくって戦費獲得と低利への借り換えを達成しないと財政が、日本経済が死にます」


 くどいようだが、この時代は金本位、金貨を持っていないと紙幣は発行できないし海外との貿易は出来ない。

 紙幣は発行出来るが金という裏付けがあってこそ信用がある。金で支払えないとなれば信用を失い取引出来なくなる。

 そして外国、列強の経済体制も金本位であり、貿易の決済は金貨で行われる。

 自主防衛のため兵器の自主開発を行っている日本だが、その技術は未熟であり、海外から多くの軍需物資、原材料や部品を購入する必要があった。

 その購入資金として外貨が必要であり、戦債で調達できなければ戦争どころか日本経済は死に絶える。

 だが、外貨を戦債で購入しても戦債の利払いで消えてしまっては意味が無い。

 今のところ利率は四パーセントくらいだが、英国並みの2.5%とまでは行かないが、現状の4%の維持、出来れば3.5%にしたい。

 さらに買い戻しも出来れば行いたいものだ。

 日本海海戦の勝利は日本の圧倒的勝利を演出するに十分な効果があり、戦債販売の絶好の機会だ。

 この好機を逃してはならない。


「しかし、勝つと下がっていたんじゃろう」


 これまでの戦いでは戦闘に勝っても債券の価格が下落、人気が無くなっていた。

 戦争の長期化を懸念、日本が長期戦を戦えるとは思っていなかったからだ。


「今回はロシアの勝利を保障するバルチック艦隊を撃滅しました。少なくとも満州で戦う日本陸軍が孤立する可能性はなくなりました。ロシアが講和を結ぶ、日本が勝てる可能性が高まりましたからね。売れますよ」

「しかし、長期戦になれば下落じゃろう」

「はい」


 鯉之助は正直に答えた。

 日本海海戦に勝利しても戦争の勝利、講和を達成しなければ戦債の人気は下落する。

 勝利の興奮で舞い上がっている状況で売り抜かなければならなかった。


「講和すれば日本の発展を期待して更に戦債が、国債が買われていくでしょう」


 唯一、評価が上がる可能性は戦争終結。終結後の発展を期待して買われる事だけだろう。

 これは健全なことだ。

 戦争の収奪でプラスになる事はない。

 平和なときにいかに生産力を向上させかどうかだけが、利益を生む。

 第二次樺太戦争や、台湾出兵、日清戦争を経ての鯉之助の強い思いだった。


「全くじゃ、刀や銃では飯は食えぬ」


 龍馬も同意する。

 幕末を駆け抜けて来た歴戦の志士だが、黒船が来るまで太平の世で生きてきたこともあり、平和のありがたさを知っている。

 そもそも維新を起こしたのは、日本に平和を、西洋列強からの脅威をはね除けるだけの力を付けるためだ。

 決して戦い続ける為ではないし、人々を苦しませる為ではない。


「じゃけん、早速ゆくかの」


 早速、龍馬は動き出した。

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