鬼の貫太郎

 鈴木司令の合図、発光信号と共に各艦が一斉に連繋機雷を投下した。

 まず、第一群が落とされ、一〇〇メートルの間隔で機雷が飛び出していく。


「早く出て行け」


 飛び出す機雷を見ながら乗員が呟く。

 投下を始めても、すぐに離脱する事は出来ない。

 機雷を直線上に並べなくては、機雷の壁は作れない。

 全て落としきるまで待機しなくてはならない。


「第二群投下!」


 第一群の最後の一つが落とされる前に次の群を落とし始める。

 こうやって少し重ねることで隙間を埋めるのだ。


「投下完了!」

「取り舵! 離脱せよ!」


 左に素早く回頭し離脱する。


「よし、貰ったぞ! 連中は気がついていない」


 敵艦は発砲していない。

 見つかっていない、気がついていない証拠だった。

 だが、見つかっても今更遅い。

 距離六〇〇で二四〇〇メートルの機雷の壁が出来たのだ。

 どちらに舵を切っても避ける事は不可能だ。

 投下して二分も経たないうちに、爆発音が響いてきた。


「掛かったな」


 鈍い振動を感じ、にやりと笑う。


「どうした! 何処に被弾した! あれ、何処も壊れていないぞ」


 機関長が機関室から出てきた。

 先ほどの衝撃を被弾と勘違いしたようだ。

 修理も旗艦の担当なので応急修理のため上がってきたようだが、何も壊れていないことに戸惑っている。

 すぐに近くに居た水雷長が事情を説明する。


「そうか! 我らの機雷が当たったか! すぐに機関部員に伝えんと!」


 機関長は破顔すると反転し機関室へ吉報を届けに飛び込んでいった。


「やれやれ、まあ、敵艦を撃破出来たのは嬉しいことだ」


 その様子を見ていた鈴木はえみを浮かべたが戦いはまだ終わったわけではなかった。




「今、閃光が見えなかったか?」


 シソイ・ヴェリキーに続行していたナヴァリンの艦橋で艦長が、尋ねた。


「前方を走るシソイ・ヴェリキーに何かあったのでしょうか。駆逐艦の襲撃とか」

「それにしては敵駆逐艦の姿が見えない。そして防御射撃も見えない」

「見間違いか?」


 ナヴァリン乗員の戸惑いが大きくなったとき、突如爆発音と衝撃がナヴァリンを襲う。

 左舷前方に水柱が立ち上がり、甲板を飛沫が洗い流す。


「どうした!」

「突然、爆発が起きました」

「駆逐艦の襲撃か!」

「暗くて見えないぞ!」

「まだいるかもしれない! 砲撃して近寄らせるな!」

「撃ちまくれ! 弾幕を張って近づけさせるな!」


 生き残っている大砲が火を噴き、周辺に弾を撃ち込む。

 前方のシソイ・ヴェリキーも釣られて周囲へ射撃を行う。

 だが、既に鈴木達第四駆逐隊は過ぎ去った後であり、機雷が後方へ残されているだけだ。

 時たま、残った機雷に砲弾が命中し爆発する。


「敵の魚雷の誘爆か!」

「やはり近くにいるか!」

「撃ちまくれ!」


 二艦は射撃を継続した。




「どうした。何故連中は撃っているんだ」


 命中から一〇分以上たち、十分に離れているにも関わらずロシア艦二隻が砲撃しているのを見て鈴木は怪訝に思った。

 近くに居る艦は無いはずだ。


「恐らく、後続していたナヴァリンにも機雷が命中したのでしょう。防御の為に撃っているのでは?」

「ナヴァリンも撃破したのでは」

「そう考えて良いだろう」


 部下の意見を聞いて鈴木も納得した。

 確かに、攻撃した可能性は高い。


「昼間の一隻を加え、夜間に二隻、合計で三隻撃破。まさに鬼のような戦いぶりだ」


 通常は一隻を撃破、いや、接触するだけで大変なのに、三隻も撃破するのは凄い。

 乗員達は、鈴木司令の戦いぶりを改めて称賛した。


「やれやれ、戦いはまだ終わっていないな」


 だが鈴木は決して油断していなかった。


「先ずは補給だ。補給艦のいる蔚山へ向かい。石炭と水を補給する」


 鈴木は第四駆逐隊を、朝鮮半島東岸の蔚山へ向かわせた。海軍が予め回している補給艦がおり、そこで燃料弾薬を補給し再度出撃、残存する敵部隊を撃破する予定だった。

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