第三戦艦隊の降伏
傷つき疲れ果てたロシア艦隊の隙をついて日本の駆逐艦と水雷艇が雷撃を行ってくる。
一晩中続く駆逐艦と水雷艇隊の攻撃にロシア側は休むこともできず、ただただ敗走を続ける。
ロシア艦隊の陣形は攻撃の度に乱れる。攻撃があるたびに回避したため各艦は離れていく。
唯一ネボガトフ少将率いる第三戦艦隊を中心に小艦隊がまとまり、航行しているだけだ。
しかし夜明けとともに日本側、海援隊が飛ばした飛行船に接触された。
飛行船は五島で接触を失った後、バルチック艦隊が行くと思われる対馬沖へ夜間に移動して待ち構えていた。
ただ、濃い霧のために船体が水滴で濡れて重くなり出撃できず、第三艦隊の接触もあって海戦には参加する事もなかった。
翌日は船体が乾き飛行可能となったため、夜明け前に出撃。夜明けと共に航行中の第三戦艦隊を発見。
連合艦隊に位置を通報した。
周囲の艦艇からの続報も入り、東郷はこれを残存主力と判断。
直ちに第一戦隊を向かわせた。
ウラジオストックまで500キロを切ったところで第三戦艦隊は連合艦隊に行く手を塞がれた。
「東郷の主力に待ち伏せされている」
突如現れた日本の戦艦群に、ネボガトフ少将は驚愕した。
「戦力差がありすぎる。このままでは一方的に沈められるだけだ」
「長官、今の戦力であの艦隊に太刀打ちできません。燃料弾薬もなく乗員も疲れ切っております。我々は昨日の戦いで義務を果たしました。降伏しかありません」
「やむを得ないか……XGE――投降す、協議を行いたい、と信号旗を掲げよ」
命令を下したとき、第一戦隊が砲撃を開始した。
「一刻の猶予もない。急ぐんだ」
「夾叉しました。次は命中させられます」
射撃の成果を見ていた秋山が、報告する。そのため、マストに掲げられた信号旗に気が付いた。
「あ、敵艦に信号旗が上がりました。XGE――投降の協議をしたいと申し出ております」
だが敵艦を一瞥した東郷は何も命令を下さなかった。
そのため第一戦隊は攻撃を続けた。
「どういうことだ。日本艦隊は攻撃をやめません」
信号旗を掲げたにもかかわらず日本艦隊は砲撃を続けた。
「参謀長、白旗をあげるんだ。なければテーブルクロスでもシーツでもいい。とにかく急いで掲げろ」
「白旗が上がっています。敵は降伏しようとしています。攻撃を止めてください」
秋山は白旗が上がるのを見て攻撃を中止するよう東郷に懇願した。
だが東郷は聞き入れず、黙り込んだままで中止命令を出さなかった。
「日本艦隊の攻撃が止まりません」
砲撃は続き徐々に水柱が近づいてきている。
このままでは、命中弾が出てしまう。
「やむを得ない降伏旗と日本国旗をマストに掲げよ! 急げ!」
そしてネボガトフ少将はようやく気がついた。
「おい機関は停止したか」
「いいえまだです」
「急いで止めるんだ。砲身も下げろ! 降伏の意思を示すんだ!」
「長官! 武士の情けでありますどうか攻撃中止を」
「落ち着け」
ようやく東郷は秋山に声をかけ、砲撃を続ける理由を伝えた。
「本当に降伏する気なら機関を停止し砲身を下げるものだ。あの艦はまだ動いてる」
国際法では降伏を求める艦は、信号旗を掲げるだけでなく、機関を停止し、砲身を下げて意思を示すことになっている。
ロシア艦隊はそれを失念していた。
東郷が頑ななまでに国際法に従おうとしたのは十年前の日清戦争での苦い経験があった。
開戦劈頭の戦い、豊島沖海戦で中国の巡洋艦済遠が劣勢となり白旗を掲げてきた。
東郷は戦闘の意思無しと見た上、新たな敵が来たため早々にその場を立ち去ってしまったが、それは失敗だった。
その間に済遠は白旗を掲げたまま戦場から逃げ出した。
当時、日本海軍は清国に対して優位とは言えず、敵の有力な敵艦を取り逃がしてしまったのだ。
戦闘中の混乱とはいえ敵に国際法を守らせなかったことが痛恨のミスとなった。のちの黄海海戦で制海権を得るまで日本軍は清国に対する戦力的劣勢に怯えることになる。
もちろん一番悪いのは中国艦済遠の国際法違反であるが、それを遵守するよう強要する、監視の努力を怠ったことが原因だった。
それだけに東郷は国際法違反を許さなかったので苛烈な行動に出たのだ。
「敵艦に日の丸が日本国旗も掲げられています。敵艦機関停止。停船しました」
「長官! 敵は降伏しました」
「攻撃中止」
敵が国際法に則って停止し、ようやく東郷は攻撃をやめさせた。
攻撃中止の命令に秋山は安堵する。
だが、まだやる事は残っていた。
「秋山参謀、敵旗艦に行き、降伏を受け入れてくるんだ。あと司令官にお会いしたいと伝えてくれ」
「はいっ」
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