第四師団吉田の第二次総攻撃 前編

「あんなんだと皆が死んでるんでないか」


 東鶏冠山への砲撃の様子を見ていた吉田二等兵は目を丸くした。

 とても人が生きているようには見えない。


「おい! 吉田! 突入するぞ。攻撃地点まで付いてこい」

「は、はいなっ」


 吉田は上官にせかされて急いで塹壕を走って攻撃予定地点に向かう。

 途中ロシア軍の砲撃が周囲に落ちたが、壕の中に入っているので直撃は免れた。

 第四師団は大阪人が多く損得勘定が高い。

 勝機のある作戦でないと前に進まない。

 そのため、大阪師団を弱兵と侮る陸軍将校もいる。

 しかし、大都市大阪故に建築が盛んで、大工などの建築関係者が多く、徴兵された者の中には入隊前に大工をしていた連中が多い。

 そうした経験者は工兵に回されるのだが、人数が多すぎるために歩兵にも回ってくる。

 だから第四師団には歩兵連隊でも大工作業や土木作業が得意な兵隊が多く、塹壕を作るのが得意だった。

 穴掘りもそうだが、塹壕が崩れるのを防ぐ防壁を、丸太から板を作り出すことさえ彼らには可能だった。

 海援隊の怪しげな兵隊達がしきりに塹壕は可能な限り敵の近くまで掘り上げろと主張――長い距離を走れば堡塁から一方的な銃撃を受けて反撃できず全滅すると説いていた。

 第四師団の将兵は命あっての物種とばかりに海援隊の話を聞き入れ時間が許す限り塹壕を伸ばした。

 彼らの努力は報われ僅かな期間の内に第四師団の部隊は塹壕を予定より長く作り上げる事が出来たため、突入前に兵隊を失わずに済んでいた。

 そして突撃発起点、敵の堡塁まで一〇〇メートルの地点まで近づいていった。

 砲撃に耐えながら時を待つ。

 一段と砲撃音は激しさを増したが、やがて止まった。


「突撃!」


 味方の砲撃が終わり敵が怯んでいる隙に突入するのが作戦だ。

 無我夢中で吉田は荒野を駆け抜ける。


「あうっ」


 しかし、途中で足をもつれさせ地面に転がってしまう。

 背中に担いだ新兵器の重みで脚がもつれたのだ。

 立ち上がろうとしたとき、吉田は前を進む上官と仲間達が堡塁から放たれた機関銃によって倒れていく姿が見えた。


「反撃しろ!」


 何人かは伏せて無事なようで銃を構えて反撃する。

 しかし敵は遠く、効果が無い。

 そして上空から嫌な音が聞こえてきた。


「砲撃だ!」


 ロシア軍の砲台からの砲撃だった。


「畜生砲兵は何をやっているんや。潰したんやないのか」


 勿論味方の砲兵はロシア軍の砲台を前日から攻撃して多くの大砲を潰していた。

 しかし、旅順側は他の砲台から無事な大砲を移動して据え付け、砲撃を行っていた。


「露助は味方もろとも撃ち殺すんか」


 ロシア軍の砲撃は、ロシア軍の陣地近くにも落ちていた。

 味方陣地に近づいた日本兵を狙っているため、ロシア軍の陣地にも砲弾が降り注ぐ結果となっていた。


「いや、掩体に入り込んだ連中の被害は殆ど無いはず、荒野にいる俺たちの方がもろい」


 安全な壕に入っているロシア兵と障害物のない平野に伏せる日本兵。

 どちらが危険か誰でも分かる。同士討ちの心配が無いためロシアの砲兵は容赦なく砲撃を行ってきた。


「畜生、砲兵! なんとかしろ!」


 そのとき再び後方から砲撃が行われた。

 再び砲台に爆煙が上がりロシア側の砲撃は沈黙する。

 吉田達への砲撃も止まり、前進を再開するが敵の堡塁は銃撃を繰り返している。


「仕留めてやる」


 背中に背負っていた先日支給された新兵器の円筒、無反動砲を吉田は出した。

 狙いを付けると吉田は、引き金を引いた。

 爆煙を上げると砲弾は、堡塁の機関銃の銃口に入り込み爆発した。


「よっしゃあっ」


 爆破できたことに悦びを感じたがつかの間だった。

 背後に出来た巨大な爆煙によって位置を露呈し吉田はロシア軍の集中砲火を浴びてしまう。


「うわあああっ」


 叫び声を上げながらなんとか岩陰に逃れる。

 それでもロシア兵は不気味な兵器を使う日本兵を執拗に追いかけた。

 吉田がロシア軍の銃撃を受けている間に吉田の仲間達は安全にロシア軍の鉄条網に取り付いて爆破筒をしかけ爆破して突入路を確保する。

 そして工兵達が外濠に突入路を作り上げ突入していった。

 次々と壕に降りていくがそこから上がるのは困難だった。

 しかも外壕の端には機関銃が設置されているため外壕に入っていった兵士は次々と倒れていった。

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