鯉之助の策謀

 安達会戦の結末は世界に衝撃を持って伝えられた。

 初めて日本が正面切って戦いロシアに敗北したからだ。

 これまでの戦いで日本軍はほぼ連戦連勝。

 八月の鉄嶺の戦いでロシア軍の反撃を押し返せず撤退したが、あれは朝鮮半島の反乱を鎮圧するために後退していたからだと判断された。

 だが今回は、日本軍が進撃していてロシア軍と遭遇し敗北した。

 これは今までに無いことだった。

 一部は冷静に兵力差と状況から仕方ない、と把握していた。

 だが多くは遂に日本軍に限界が来た、軍組織が瓦解したと判断した。

 再び敗北、更なる撤退が行われるだろうという悲観的な予想が出て世界に回る。

 これに焦ったのが、東京だった。

 敗北によって国債の値段が更に下がった。

 これまでの快進撃のお陰で順調に売れており、低利への借り換えも出来るようになっていた。

 だが、信頼、ロシアから賠償金を取れない、敗北すれば返済不能になるという予測が出始めたために、売れ行きが悪化。

 借り換えもストップした。

 戦費が足りないし、膨大になった国債の利払いを考えると戦後の景色は真っ暗だ。

 なんとか勝利してもらいたい。

 東京からハルピンの満州軍総司令部へ要望が下ったのも無理なかった。


「馬鹿なことを言うな!」


 電報を受け取った児玉は激怒して言う。

 勿論、国債の借り換えが必要な事は児玉も分かっている。

 だが勝つどころか戦う準備もないのに、戦争など出来ない。

 長い戦闘で既に日本は物資を消費し尽くしている。

 一戦くらいは出来るだけの用意はあるが、ハルピン防衛の為の物資だ。

 これがなくなると日本軍の維持さえ出来なくなる。

 満州軍総参謀長として到底容認出来ない。

 しかし、再戦の声は日増しに高まっていた。


「閣下、どうか、雪辱の機会を」

「補給がどうにもならないだろうが」

「先日ハルピンまでの改軌が終了し補給状態は改善しました」


 遼東半島から奉天を経由してハルピンに至る支線と朝鮮半島からウスリーを経てハルピンへ至る本線、双方の改軌が終了。

 日本軍は二つの補給線を得ることに成功し、補給状態は改善した。

 これが、攻撃論を盛り上げることとなった。

 だが児玉は否定的だった。


「水路が増えても水源の水の量は変わらないぞ」


 鉄道線が増えても運べる量が増えただけだ。運ぶ物資の量は元のまま、日本から送られる物資、日本で生産出来るは少なくなりつつある。

 会戦を行うなど不可能だ。


「反対ですよね才谷中将」

「いえ閣下、戦いましょう」

「才谷中将!」


 鯉之助の予想外の返答に児玉は驚いた。


「気は確かですか」

「補給が少ないのは知っています。そこで、少数の兵力で進撃し、短期間で一打を与えて終了させます」

「そんなことが必要ですか」

「負けて終わったイメージが付くのはよくありません」


 先の安達会戦では、勝利したロシア側が大々的に報道し世界中に日本軍敗北が伝わっている。

 日本軍に弱いというイメージが付くのは避けたかった。

 それに第四軍の戦った場所から敵が大慶を確保しようとしているのは明白だった。

 ここでやめれば確かに日本は勝てるだろう。

 しかしこの後 エネルギー事情で一世紀ほどは悩まされる。

 後顧の憂いを絶つために 大慶油田を確保したい。

 その衝動から鯉之助は逃れられなかった。


「攻撃するべきです」

「だめだ」


 なおも児玉が強く反対する。それでも鯉之助は押し切って進軍するために画策する。

 積極交戦派の各軍の指揮官、参謀を説得し彼らと共に総司令部に上申書を提出。

 総司令部を会戦へ向けた。

 また、物資の不足に関しては海援隊を使い、傘下の工場に大量の弾薬を生産させると共に、中国から大量の物資、特に食料や衣類を購入して会戦に必要な物資を用意集積して、戦闘が出来る状態にした。

 このような下支えもあり、初めは反対派だった参謀も徐々に賛成へ転じて行く。徐々に会戦への機運が高まっていった。

 それでも児玉は最後まで反対したが、各級指揮官の賛成に流石に総司令官大山も無視出来なくなり、許可が下りた。

 安達のロシア軍に赴くのは第三軍の乃木大将、及び新たにウスリー軍から編成された第五軍の立見中将だ。

 参加する兵力は近衛師団、樺太師団、第六師団、第七師団、第一二師団、外人歩兵第一師団そして秋山騎兵集団の七個師団、二〇万だ。

 更に後方連絡線確保のため 第一師団、第二師団 第三師団からなる奥大将率いる第二軍を続行させる。

 さらに第一軍をはじめとする部隊をハルピンに集結させハルピン防衛とともに進撃部隊の予備兵力にする。

 野津大将は自身の第四軍の参加を求めたが、先の会戦での損害を回復するため、ハルピン残留が命じられた。

 しかし、いざというときは第四軍も投入するのが鯉之助の計画だった。


「かなり大規模だが」


 作戦計画案を読んだ児玉は不快そうに言う。


「敵兵力を上回る二〇万の兵力で圧倒し、短期間で終わらせるためです。全軍を動員するより少ないです。予備兵力は多く確保していますが」


 百万以上に膨れ上がった兵力からすれば確かに少ない。

 だが、日本を遙か離れた先に展開するには多すぎると感じる。

 しかし、作戦は承認されてしまった。

 かくして、鯉之助は大慶油田を確保するべくロシア軍が陣地を作り上げた安達へ向かう。

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