シフの誤算 是清の勝利

「誤報じゃないのか!」


 クーン・ローブ商会のシフはニューヨークの自分の事務所で受け取った新聞を持って叫んだ。


「事実のようです」


 新聞を持ってきた秘書が話す。


「これはピューリッツァのワールド紙だろう。紙面を面白くするために捏造記事を出すような連中だぞ。発行部数を増やすため、米西戦争の前にスペイン警察がアメリカ婦人を裸にした、と有りもしない記事を事実のように報道しているようなごろつきだ! 極東の僻地だから勝敗をごまかしているんじゃないのか」

「ですが、日本の電報通信社やロンドンのロイターも同様の記事を書いています。極めつけはルーズベルト大統領自ら日本軍の勝利を称えていることです」


 マッカーサーからの電報報告書を受け取っていたルーズベルトは日本軍の勝利を真っ先に知っていた。

 歓喜したルーズベルトはすぐさま知り合いの経済界の重鎮に知らせ日本への支援を求めた。


「ヤツは日本びいきだろうが」

「しかし大統領の発言です。紛れもない事実でしょう」

「……ロシアはなんと言っている」

「何も言っていません」


 都合の悪いことにはだんまりを決め込むのがロシアのやり方だ。


「あの、国債はどうしましょうか?」

「どうするとは?」

「今回は戦争が始まっての初めての大規模陸戦です。強大と見なされていたロシア軍が敗北し、弱小とみられていた日本軍が勝ったのであれば、この戦争で日本が勝てる見込みが出てきます。国債購入を希望する方々が出てくるでしょう」

「そんなの一時のことだろう」

「その一時で商品を提供できるかどうかがビジネスの肝かと」


 秘書の言葉にシフは黙り込んだ。


「……実際、購入希望者はいるのか?」

「はい、ルーズベルト大統領が経済界の重鎮に日本軍の成果を強調しています。日本軍に勝利の見込みありと購入を検討されている方々が多くいらっしゃいます」

「くっ」


 シフは自分の計画が崩れるのを悟った。

 同時にビジネスマンであるシフは利益を出すにはどうすれば良いか考え始めた。


「是清に連絡をとってくれ」

「分かりました」


 気が重かったが日本の国債を得るためにはシフは是清に会いに行くしかなかった。

 先日、是清と会った時の事を考えると気が進まない。


https://kakuyomu.jp/works/16816700426733963998/episodes/16816927860095875275


 道すがらワールド紙の特集記事が目に入った。

 日本軍が使用している武器の紹介や日本軍がいかに礼儀正しく精強かを書いていた。

 一部は誇張されているが、一緒に掲載されている写真が真実味を帯びていた。

 人々が熱狂しているのは明らかだった。

 その証拠に、その記事は飛ぶように売れており、すれ違う人の中にはワールド紙を持っている人がちらほら見える。

 歯がみしながらシフは是清のいるホテルに行き面会を求めた。

 しかし、出てきたのは是清の秘書だった。


「残念ながら高橋は現在所用で出かけております」

「どこに」

「経済界の重鎮の方だと言うお話です。国債販売の件で早急にとの事でした。なんでも利率五パーセントで販売してくれると」

「いつ帰ってくる」

「分かりかねます」


 シフは苛ついた。

 是清が新たな商売相手の候補となる人間――シフのライバルは思いつくだけで何人もいる。

 日本軍が勝った、それも歴史に残る大勝利だ。ロシアに勝てるという見込みが出来たのだ。

 国債を買いたいという人間が出てきたとしてもおかしくはない。


「利率五パーセントで販売するぞ。ただし我がクーン・ローブ商会の独占する。これほどの条件でどうだ」

「残念ながら、私ではお答えかねます。他の方々への兼ね合いもありますので」

「くっ」


 シフは焦燥感から伝えた。


「四.五パーセントで売りたいとシフが言っていたと是清に伝えてくれ」

「承知いたしました」


 シフは肩を下げてホテルから出て行った。

 その姿を物陰から是清は見てにんまりと笑った。

 シフが購入を要請することは分かっていた。

 だが条件を吊り上げるために是清はいないフリをして、日本に有利な条件で国債を発行する事に成功した。

 後日、是清はシフと正式に契約を調印、他の証券会社とも契約を結びニューヨークでの発行を成功させた。

 この成果を携えて新たに国債を発行するべく是清はロンドンへ旅立った。

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