鯉之助家族の来訪
「大勝利おめでとう」
鴨緑江渡河作戦が成功を収めた直後皇海を訪れたサミュエル商会会長マーカスが笑顔で鯉之助に言った。
「君の言うとおりだった。大勝利だ。信じられないよ」
倍以上の兵力があるとはいえ、大国ロシア相手に困難な渡河作戦を成功させた日本陸軍の実力を世界に見せつけた。
開戦初頭の奇襲でも海戦でもなく、大陸軍国のロシア帝国に大規模な陸上戦闘で初めて日本が勝利したのだ。
世界が日本に勝機ありと見なした瞬間だった。
歴史的な出来事にマーカスは興奮気味に言っている。
「そこで君に頼みがあるんだが」
「なんだ」
「発行している日本国債の一部を売ってくれないか?」
「売る宛はあるのか?」
「ああ、蘭印の富裕層や仏印、英印あたりのプランテーション経営者が興味を持っている。東アジアの権益、ロシアに奪われそうな山東半島のドイツ人やイギリス人あたりも購入を希望している人が居るんだ」
ロシアの極東進出を心良く思わない人間は多い。
そうした勢力と手を組み金を引き出せるのは嬉しかった。
「だからこっちでも売りたいんだが」
「構わないよ」
海援隊の販売予定分をマーカスに回せば良い。
外貨が手に入るのならよい。
販路が多くなるのなら願ったり叶ったりだ。
「助かるよ。今回の勝利で日本の株が上がっているんだからな。販売して儲けないと」
「毎度ありがとう。だが手数料と金利は低めだがな」
「高めにして欲しいんだが」
「もう少し早く買いに来れば良かったんだが、評価低い時に先物買いをしておけば大儲けできたのに」
「あのとき買っておけば、と後悔に浸るのは三流商人のやる事だ。一流なら今の商売で確実に儲けを出すんだ。だから少しは安く購入させてくれよ」
「そんなの無理だぜ。友人だからといって贔屓するなんて」
「ご友人にあまり意地悪をするものではありませんよ鯉之助様」
話す鯉之助とマーカスに女性の声が響いた。
部屋に入ってきたのは浅黒い肌の黒髪の女性だった。
防寒着を着ているが、鯉之助より肌が黒く、明らかに南の出身であり、寒そうにしていた。
「来たのか」
「ええ、宿泊船が送られるというので便乗させて貰いました」
宿泊船は泊地に停泊する艦船の乗組員の休養を行うための船だ。
旅順封鎖が長期になる事を見越して鯉之助が太平洋航路の客船を回して用意させた。
士官は一等船室、水兵下士官は三等船室だが、ハンモックで寝ている水兵達は三段ベッドでもハンモックを使わずに眠れると好評だった。
その宿泊船で来てしまったようだ。
「家族が乗艦するのは遠慮して欲しいのだが」
「このところ、なかなかハワイに戻ってきて貰っておりません。南米から戻るとき立ち寄って貰えると思ったのですが、英国経由でしたし」
皇海の回航のために南米からイギリス経由でスエズを回ってきたのだ。
いつもならハワイ経由で立ち寄るのだが、仕方なかった。
だが罪悪感を感じており、強く言い返せなかった。
「それに客人を迎えるのに夫人が同席するのは当然では?」
「そうは言ってもな」
鯉之助は戸惑った。
長期の航海では婦人を乗船させる例もあるが、一般的に軍艦に家族を乗せるのはダメだ。
だからといって追い返すのも鯉之助には気が引けた。
「それに」
鯉之助が、なんとか反論しようとする前に彼女が口を開いた。
「東郷艦長……いえ長官が出征されたのです。恩人が戦地に赴くのに応援しないのではハワイ王国の名が廃ります」
「それはそうだね」
恩人である東郷長官の事を持ち出されては鯉之助も無下には出来なかった。
「失礼しました王女殿下」
呆気にとられていたマーカスが入ってきた女性に頭を下げた。
「カイラウニで結構ですよマーカスさん。私は鯉之助の妻なのですから。主人の友人に頭を下げて貰っては妻失格です」
少しぎこちなく鯉之助は笑った。
彼女はハワイ王国王女カイラウニ。鯉之助の今の妻だった。
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