カイラウニ女王

「いつも思うがどうやってこんな玉の輿と結婚したんだ」


 照れる鯉之助にマーカスが肘で小突きながら尋ねる。


「幼馴染みだよ」


 鯉之助がカイラウニと最初に出会ったのは、ハワイでのことだった。

 ハワイで生まれて暫く暮らしていた鯉之助。

 庶子とはいえ、海援隊の指導者の息子でありハワイの主要産業である砂糖の重要な取引相手の関係者を王国は歓迎していた。

 1870年代のハワイはペンシルベニア油田の開発によりランプのオイルとしての需要が減って衰退した捕鯨量に代わりサトウキビによる製糖業が盛んになっていた。

 だが、アメリカから持ち込まれた感染症により先住ハワイ人が激減し労働力が低下。

 そこで、日本や中国から労働者をハワイに送り込んでおり、海援隊はその手助けをしていた。

 同時にハワイ産の砂糖を日本や中国へ輸出し販売していた。

 時折王宮へ行き、カイラウニと遊んだこともある。

 だが互いに幼かったことや鯉之助が北海道に呼び出さ以後、日本や世界各地を回りハワイへ立ち寄る事が少なくなったこともあり、それ以上の進展はなかった。

 互いの関係が深まったのは一八九三年の偶然共に滞在していたイギリスでの事だった。


「関係が復活したのは富士の回航の為にイギリスに行ったときだったな」


 当時、沙織と離婚し、独り身となった鯉之助は、海援隊による戦艦富士の購入の為に英国出張した時の事だ。

 代官山近くの西郷従道邸で海軍大臣から購入を依頼されては断れなかった。


「あの富士購入は大変だった。海援隊が代理店になったんだが、海軍が代金を支払えるか分からなかった」


 維新直後こそ海援隊と合わせて極東最強の海軍力を持っていた明治日本は台湾出兵、江華島事件で海軍力を見せつけ、外交を優位に展開した。

 しかし、両事件で面目を潰された清国は、海軍力の増強に入り、欧米から最新鋭の艦艇を購入。

 ついには当時東アジア最強とされる戦艦鎮遠、定遠を購入し配備した。

 海軍力を増強する清国に危機感を抱いた日本は、海軍力の増強に入り戦艦富士を含む艦艇の取得を目指した。

 だが当時の国会が海軍整備費を否決し購入予算が成立しなかった。

 そこで海援隊が代金を肩代わりして富士を購入することになった。

 鯉之助は代金が入る可能性が少ないとみて断るように龍馬に助言したが、龍馬は拒否。

 日本の国防のために必要な戦艦を購入しないなど出来ないと、言って強引に進めた。

 海軍側も危機感を持っており取得に前向きだったし、支払う意思が強すぎる程あった。

 もし国会が否決したら他の予算から流用して支払う手はずになっていた。

 勿論違法であり発覚すれば責任は免れない。

 だが当時の海軍大臣西郷従道は、自宅に呼び出した鯉之助に


「全ての責任はオイと山本海軍次官が取り申す。二人で二重橋の前で腹を切れば済むことでごわす。日本のためになるのであれば、この腹は惜しいとは思わはん」


 と言って、鯉之助に頼み込んだ。

 顔は笑っていたが目は本気だった。

 そこまで言われては鯉之助は断れなかった。

 幸い、明治天皇が宮廷費と公務員の俸給返上で予算を生み出し、発注できた。

 進水も無事に終わり、日本に回航できるよう英国で動いていた。

 英国では昼は富士取得、契約締結、設計助言、建造監督、検査のために関係各所を回っていた。

 お陰で皇海建造の時、このときの経験が役に立った。

 同時に英国滞在中、人脈構築のために夜は英国社交界を回る生活となった。

 その時、再会したのが留学中のカイラウニだった。


「園遊会や晩餐会のパートナーがいないんで、頼み込んだんだ」


 留学中でえ寂しい思いをしていたカイラウニは承諾し、鯉之助と社交界を回った。

 東洋人同士としうことで社交界ではそれなりに注目を浴びた二人だった。


「人種差別的な考えからちょっかいを出してくる連中もいたけどな」

「そんなヤツがいるのか」

「ああ、ニコライだ。婚約者のアリックス、皇后のアレクサンドラに会うため英国に来ていた」


 アリックスはヴィクトリア女王の次女アリスが嫁いだ先のドイツの諸侯をの間に生まれたヴィクトリア女王の孫娘だ。

 姉であるエリザベートがロシアのセルゲイ大公と結婚をするため結婚式に参加するべくサンクトペテルブルクへ赴いた時ニコライが好意を持ったことから付き合いが始まった。

 そのためロンドンに赴いてきていたが何度か社交界で出会って鯉之助達にちょっかいを出した。

 そのたびに切り返してニコライは鯉之助への印象を悪くしている。

 このようなやりとりが続くかと思ったが短い期間で終わった。

 1893年となってすぐにハワイでクーデターが起きたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る