鴨緑江会戦の結末

「日本軍に鴨緑江を突破されただと!」


 鴨緑江会戦の翌日、日本軍に突破されたことを聞かされたクロパトキンは驚愕のあまり叫んでしまった。


「本当なのか、あの地形で大軍が渡れるのか」

「はい、日本の第一軍は鴨緑江の上流を渡河。九連城の後方へ進撃され包囲され東シベリア歩兵第三・第六師団二万名の内一万名が死傷もしくは捕虜となったとの事です」

「全軍の半数だと!」


 東部支隊の半数が失われたことは手痛い。

 これでは日本軍を食い止めることが出来ない。

 しかも鴨緑江をたった一日で突破されたのが痛い。

 鴨緑江のような大河、しかも山岳部にあり険しい地形にある障害物――防御に最適な地点を奪われた。

 鴨緑江で最低でも二ヶ月間日本軍を抑えつつ出血を強いて、ヨーロッパからの援軍を待つ計画だった。

 それが僅か一日で瓦解してしまった。

 しかも配置した味方の部隊は半数が失われ、確証はないが、敵に与えた損害は千人いるかいないかといったところだ。

 これでは防御しない方が良かった。

 いや、このような結果は想定できない。


「済まん、興奮してしまった」


 報告してきた将校が怯える姿を見たクロパトキンは冷静さを取り戻しtあ。

 戦場で動揺するのは危険だ。

 起こってしまったことを嘆くより、対応策と今後のことを考えなければならない。

 それも早急に。

 それが指揮官の役職であり、その点でクロパトキンは無能では無かった。


「ザスリーチ中将はどうした」

「鳳凰城へ退却し戦線を立て直すとの事です」

「出来るのか」


 軍隊では三割の兵員を失うと全滅、部隊は瓦解したと判定される。

 半数近い兵員を失ったのでは東部支隊は組織的な行動はとれない。

 それでも半数、一万の兵員は残っているが、兵員だけではどうしようもない。

 重砲や武器弾薬食料が無ければ軍隊は戦えない。食料を配給できないだけで戦力は一日に一割の割合で減っていく。

 退却となれば重たい武器弾薬食料は捨て去られ、兵隊は小銃、いや最悪の場合は小銃さえ捨てて後方へ逃げてしまう。

 戦闘を行うことすら難しいだろう。


「一個師団を出して東部支隊の後退を援護させるのだ」


 もっと出したいが、部隊集結中のクロパトキンの元にある兵力は少ない。

 シベリア鉄道の能力が低くヨーロッパからの増援が遅れていることもあるが、ロシア満州軍は二十万いるが、鉄道沿いに分散配置されており、部隊集結には時間が掛かる。

 もし手元に十分な兵力があったとしても山岳部の細い道に大軍を送り込んでも補給線が確保できず、自滅する。

 防御戦闘を行いながら撤退させるしかなかった。




 日露戦争最初の大規模陸上会戦となった鴨緑江渡河作戦は日本側の圧勝で終わった。

 ロシア軍はこの戦いで一万名以上の死傷者と捕虜を出して退却し日本軍の損害は一〇〇〇名以下という大勝利を収めた。

 九連城を包囲された上に、山岳師団が後方へ回り込み退路を断たれた事が決め手となり、史実以上の大戦果を上げた。

 それ以上に大きな戦果は、鴨緑江という天然の防壁を日本軍に早期に突破された事であり、日本軍が満州へなだれ込む事をロシア軍は止められなくなってしまったことだ。

 あまりの手際の良さに、日本にそんな名将がいるはずが無い黒木というのはクロキスキーというポーランドの将軍だという話が流れたほどだった。

 クロパトキンは増援を出したが、勢いに乗る日本第一軍一〇万の進撃を止める事は出来ず、ザスリーチ中将が立て籠もった鳳凰城も第一軍の急速な進軍と山岳部隊の迂回攻撃の前に防衛体制が構築できず一日で陥落。

 山岳地帯へ入って遅滞戦闘を行いつつ後退するしかなかった。

 第一軍の進撃が鈍ったのは増援の到着と、進撃が順調すぎたために後方からの補給が追いつかず、補給待ちのために停止したからであった。

 以降、クロパトキンは第一軍に南方から攻撃される悪夢に悩まされることになる。

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