防弾チョッキ

「大丈夫ですか」

「大丈夫です」


 柴崎は笑いながらマッカーサーに言った。


「防弾板が役に立ったようです」


 さすがに有効射程における小銃弾を食い止める能力は無いが、砲弾の破片を止める能力はあった。

 戦場での師匠で多いのは銃弾ではなく砲弾の炸裂によって飛んでくる破片だ。

 その破片が降りかかりやすいのは頭部と胴体であり、そこを負傷すると死亡率が高まる。

 致命傷を防ぐために鯉之助は防弾チョッキの採用を進め、海援隊の死傷者減少に役立てていた。

 日本陸軍でも採用されつつあったが、生産ラインが整っておらず、一部部隊――海援隊の影響が大きい部隊にしか配布されていない。

 しかし、柴崎が生き残るのに役に立った。

 柴崎は立ち上がると部下に命じた。


「反撃だ! 迫撃砲を用意しろ」


 稜線の裏で部下達が短い筒と円盤を組み合わせる。

 用意できると筒先に砲弾を入れて砲撃した。

 大砲が重いのは、反動を抑える駐退機や砲身を支える砲架が必要だからだ。

 だが迫撃砲は直接地面に据え付けることで、重量を支え、反動も地面に吸収させることで軽量化出来る。

 そのため鯉之助が海援隊で開発させた。

 威力も十分で米比戦争で米軍を圧倒している。

 そして迫撃砲は空高く砲弾を飛ばして垂直に落下していく弾道を描く。そのため稜線を越えて山の反対側へ飛ばすことが出来る。

 ロシア軍の反撃を心配せずに大量の砲弾を浴びせることが可能なのだ。

 山の裏から次々と降り注ぐ砲弾の雨にロシア軍はさらに混乱する。


「無反動砲、ロシア軍の砲を破壊しろ」


 砲撃が鈍ったのを見て柴崎中佐は命じた。

 筒を担いだ兵隊が稜線から乗り出しロシア軍の大砲に狙いを定める。

 引き金を引くと爆発が起きて、砲弾が飛び出し逆方向へ砂が飛び出して白煙を上げた。

 大砲は砲身の中で火薬を燃やしガスを発生させてその圧力と作用反作用の法則で弾を送り出す。

 弾を撃ち出すために砲身が後ろに下がる、弾にかかる力と同じ力が砲身に反動として加わるために頑丈にする必要がある。だからよほど小型で無ければ人間が大砲を持って撃つことは出来ない。

 しかし、作用反作用を砲身では無く別のものを代わりにしたらどうだろうか?

 例えば砲弾、火薬、砲弾の順に筒に詰めて火薬を爆発させると、砲弾は互いを押し合い、う方向へ飛んでいく。しかし、筒に力は加わらないため、反動は来ないので筒を支える程度の力で済む。

 これが無反動砲の原理だ。

 だが後ろに砲弾が飛び出すのは後ろにいるであろう味方が危険だ。そこで、砲弾の代わりに同じ重さの重りで代用する。

 鯉之助が作らせた無反動砲には紙に包ませた砂が入っており、発砲と共に後方へ打ち出され空中で分解して周囲に散っていく。これで無反動砲の直後以外は安全だ。

 もし、筒の後方を絞ってガス圧の量を調整すれば、火薬のガスの質量で発砲出来るようになり砂が不要となる。

 二〇世紀後半に実用化され主流となっている方法だが、絞り量を導き出すことが出来なかったため、次善策としてカウンターマスを砂にして実用化していた。

 次善策でも砲弾は打ち出され空中を飛翔しロシア軍の大砲に命中した。

 周囲の弾薬に引火して爆発を起こし壊滅する。

 抵抗手段を失い退路を断たれたロシア軍に残された手段は白旗を揚げることだけだった。

 かくして戦いは柴崎中佐の打ち方止めの号令で終了した。


「すごい武器ですね」


 マッカーサーは使われた兵器を見ていた。


「ええ、軽くて火力があるので重宝しています。お陰で成果が上がりました」

「そうでしょう」


 マッカーサーの顔を見て柴崎は背筋が凍った。

 賛同するようだったが、その目には怒りが含まれていたからだ。

 父親が殺されたのはフィリピン独立軍の攻撃によるものだが、その支援を行ったのは海援隊であり、独立軍が圧倒的な戦力、戦場において火力を得たのは海援隊が提供した新装備、機関銃、迫撃砲、無反動砲だったからだ。

 大砲を運び込めなかった在比米軍に密林奥深くからフィリピン独立軍が大量の火器を放ってきて殲滅させられた事が何度もあった。

 自分の父親もその火器の餌食になっただけに目の前に現れた父親の命を奪った武器を見て平静ではいられなかった。


「……失礼」


 だが、観戦武官であるという事を思い出し、すぐに普通の態度に戻った。


「大勝利、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。しかし、我々と共に移動するのは大変でしょう」


 包囲降伏させたとはいえ、まだ鴨緑江を越え、満州に入ったばかり。

 戦いはこれからであり、敵が態勢を整え直す前に追撃する必要があった。

 柴崎中佐の部隊も総司令部から追撃命令が出ている。

 いや、険しい山岳部を走破する必要があり、柴崎達山岳部隊でないと猛然とした追撃、敵の防御陣地を迂回して回り込むという芸当は出来ないのだ。

 そのため、山岳部隊以外の人間、マッカーサーの疲労を心配していた。


「いいえ、勉強になります。もっといたいのですが、今回の戦いの報告を本国にしなければなりません。それに他の方面で重要な戦いが待っています。そちらへ向かうことになるでしょう」

「そうか」


 緒戦で勝利したとはいえ、山岳師団はこれから困難な山道を進む。それは日本軍の他の部隊より遙かに困難な道程だ。

 だが、確かに戦争全体から見れば重要性は劣るかもしれない。

 しかし、次に何処が重要な戦いになるか柴崎は気になった。

 士官学校を出ていないため、こう言うとき判断に迷う。

 ただ、ここではない。だからマッカーサーは離れることが理解できた。


「ご壮健でマッカーサー大尉」

「ありがとうございます柴崎中佐」


 柴崎は短く言った。

 本来下士官出身の柴崎に観戦武官への対応など分からない。しかし、できる限りの礼儀でマッカーサーを見送った。

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