従軍するマッカーサー

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 傍らにいた観戦武官のダグラス・マッカーサー工兵大尉に柴崎が話しかけると明るい声で答えた。

 厳冬期を過ぎたとはいえ、朝鮮半島山岳部の雪山は寒い。

 将兵全員が日本アルプスや大雪山系、奥羽山脈で鍛え上げられた山岳師団は進めるが、米国士官がついてこれるのには驚いた。

 観戦武官として成果を上げるために必要だったから付いて行くのだが、限界であるにも関わらず余裕を見せたのはウェストポイントでのしごきのお陰だった。

 長いウェストポイントの歴史の中で生まれたしごきは百以上にも上り、主立ったもので、ボクシング選手による鉄拳制裁、割れたガラスの上に膝をついて前屈させる、やけどする熱さの蒸し風呂責め、ささくれだった板の上を全裸でスライディングさせる、などだ。

 凄まじい数々のいじめが行われダグラスは耐えて痙攣を起こして失神しただけで済んだ。

 同じ新入生の中には耐えきれず死者が出てしまったにもかかわらずだ。

 そのため軍法会議が開かれ、ダグラスは証言者として出廷したが最後まで、しごきをした上級生の名を明かさなかった。

 しかし、このことで全校生徒から尊敬を勝ち得た。

 その時のしごきに比べれば雪の中を歩いて行くなど耐えられる。

 チョコレートを口にしつつマッカーサーは部隊に付いて行く。


「ロシア軍を捕捉したぞ」


 登り切った稜線から眼下の道を満州平原に向かって撤退していくロシア軍を柴崎中佐は見下ろしていた。

 最右翼を進み第一軍の中で最も移動距離が長かったが、軽装の山岳師団は分進合撃、各部隊ごとに別々の道を進み、短時間で険しい山岳地帯を突破。

 登攀不可能な地形に何処かの部隊が遭遇しても、他の部隊が別のルートを進撃することでロシア軍の後方に回り込んだ。

 柴崎中佐の部隊は運良く踏破に成功しロシア軍の撤退に遭遇した。

 他にも積極果敢な山岳会出身の士官の部隊が追いついてくる。

 松本を駐屯地として展開し日本アルプスを練習場として訓練を重ねた山岳第三連隊にとって朝鮮半島付け根の山岳地帯はさほど困難では無かった。


「よく来てくれた」


 柴崎はやってきた部下達にねぎらいの言葉をかけた。

 測量官時代、彼らと初登頂を競ったことさえある。大半は千年以上前の修験道者に奪われていたが、拙くも創意工夫を重ねる彼らの不屈の精神と知恵には驚かされる。

 慎重を旨とする自分より適任者がいると柴崎は思っていた。

 しかし、彼らのような果敢な挑戦者は時に無謀な行動を引き起こす。

 また、勇猛果敢な正確の指揮官は一回の奇襲を成功させるためならともかく、継続的な補給を必要とする軍事行動には慎重かつ用意周到な指揮官の方が向いている。

 測量官出身で、観測のために何人もの雇員を雇い幾度も繊細な機材を担いで、山に登るという行為には用意周到な計画と不測の事態、天候の急変があっても臨機応変な対応、計画の変更が出来る柴崎の方が適任であると上層部は見ており、黒木が目をかけている理由でもあった。


「機関銃を展開するんだ」


 柴崎は直ちに命じると、数人で運び込んできたホチキス式機関銃が用意される。

 マキシム式と並ぶ世界的な機関銃だが、空冷式のため軽く持ち運びに便利なため日本陸軍はあホチキス式を採用していた。人力で険しい山を越える山岳師団にとっては最高の装備だ。

 直ちに準備が完了し、ロシア軍に向かって火を噴いた。

 上からの掃射に無防備なロシア軍はあっという間に大損害を受けた。

 特に十字砲火を受けた部分は混乱し、分断される。


「一部、逃したか」


 後ろは留まっているが、前方の部隊は逃げ去っている。

 追撃しようにも兵力が無く諦めるしか無かった。

 しかし、ロシア軍が撤退した方向から銃声が響いてきた。


「白瀬中佐の部隊か」


 北海道に駐留し大雪山系を訓練場にしている山岳第一連隊も行動力が高い。

 兵員に山岳系のアイヌがいるのと占守島及びアラスカのバローでの越冬を経験した白瀬中佐がいるからだ。

 北極を目指して活動している奇特な将校で、日清戦争の時も海援隊の依頼でアラスカ越冬のために参戦しなかった程だ。

 閑職に回されていたが、海援隊が引き抜き、アラスカをくまなく探検させ、その途中で北米大陸最北端のバロー岬でエスキモーと共に越冬させた。

 しかし日露戦が迫り山岳部隊が編成されるとき、その経験から中佐進級と共に連隊長に任命された。

 柴崎中佐達山岳歩兵第三連隊より踏破距離が長かったはずだが、千島とアラスカでの経験を大いに生かして迅速に進出しロシア軍の退路を断つように展開できていた。


「これで殲滅できるな」


 柴崎はロシア軍を包囲されたのを見て確信する。

 だがロシア軍も負けっぱなしでは無かった。

 大砲を展開し稜線を狙ってきた。


「退避!」


 機関銃を狙ってロシア軍は砲撃を繰り返している。

 そのうちの一発が柴崎達に向かってきた。


「危ない!」

 柴崎はマッカーサーの上に覆い被さる。爆発が近くでした。

 マッカーサーが起き上がると柴崎の背中には大きな破れが出来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る