外債販売成功 だが
「では国債の販売を行ってくれるのでしょうか」
確認の意味を込めて高橋是清は尋ねた。
すると相手は笑顔のまま、安心させるようにはっきりした言葉で言った。
「ええ、行いますよ。是非ニューヨークで一億円分を販売させてください」
クーン・ローブ商会のヤコブ・シフの言葉に高橋是清は内心でガッツポーズを決めた。
「しかし販売を承諾していただいてなんですが、よろしいのですか」
アメリカでの販売は難しく不可能だと是清は思っていたのでシフに確認の意味で尋ねた。
先の米西戦争ではロシアがアメリカを支持したこともあり、アメリカにはロシアへ好意的な雰囲気が流れている。
一方、日本は中立を宣言していたもののフィリピン独立戦争で独立派へ支援を行っていたのは公然の秘密だった。
特に海援隊は大々的にフィリピン独立を支援しており、アメリカにはフィリピンを失ったのは日本のせいだと思っていた。
他にもハワイ革命の時、アメリカへの併合を邪魔したし、アラスカを合衆国から購入したが、直後に金鉱脈が見つかりゴールドラッシュに沸く様子を見て嫉妬している。
アラスカに金鉱脈があるのを知っていて安値で買い叩いたと主張する人間さえいた。
金に関しては鯉之助のメタ知識の為であり事実であるが、多くの人は陰謀論として処理している。
以上の理由のためアメリカで国債を販売するのは難しいと考えられていた。
そのため国債ではなく大蔵省債、それも少額で販売しようと考えていたが、鯉之助の反対で止めていた。
「ええ、ロシアに迫害され逃れてきているユダヤ人は多くいます。彼らが購入してくれるでしょう」
ロシアでは昔から反ユダヤ主義が広がっていた。
ユダヤ人の搾取からキリスト教徒を守るため、定住地域を限定されたりするなどの政策を進めた。
アレクサンドル二世暗殺事件の際には、暗殺グループにユダヤ人がいたこともあり犯人はユダヤ人である、と公然と話され多くのユダヤ人がポグロム――迫害された。
「ユダヤ人の三分の一を国外へ移住させ、三分の一はキリスト教徒へ改宗、残り三分の一は死に絶える」と政府へ提案され、実際国外移住を推進。81年から91年までにアメリカへ一三万人が、91年から二〇年間に百万人のユダヤ人がロシアから世界中へ移住していった。
その中で生まれたのが歴史的な偽書「シオン賢者の議定書」だ。
シオニスト会議の席上で発表されたシオン二四人の長老による決議文の体裁を取ったこの書は、ユダヤ人が世界を支配して全ての民をユダヤ教の前に平伏させるという内容だ。
これが世に出回るとユダヤ人の世界征服計画という陰謀論が世界中に広がり、怪獣に反ユダヤ思想が流布され、のちにヒトラーがユダヤ人のホロコーストを起こす根拠の一つにした。
しかし、実際はロシア帝国の内務省警察部警備局オフラーナのパリ部長ラチコフスキーが身元不明の作者に依頼してパリで作成したとされている。
その後も何か失政があったりするとユダヤ人のせいとされ、迫害された。
これほどまでにロシアでは反ユダヤ主義が広まっており、恨みは根深いものだった。
以上の理由からロシアに恨みを持っているユダヤ人は多く、アメリカに逃れてきてもロシア憎しの心が薄らぐことは無かった。
だからロシアと戦う日本を応援するため国債を買うという流れがユダヤ人を中心に出てきていた。
「それに朝鮮鉄道を日本が建設してくれた事が嬉しい。日本が朝鮮を維持して貰うためにも協力は惜しみません。日本国鉄にも期待していますよ」
朝鮮鉄道は日本が建設したがアメリカにも関心が持たれていた。
アメリカでは鉄道ブームが起きて鉄道製造産業が発展していた。だがブームが去り不況になると受注が激減して販売は不調になった。
その時、救世主となったのが朝鮮鉄道と日本国鉄だった。
国鉄により日本の鉄道が統一されたが雑多な車両が混在しており運転と整備に支障を来していた。
そこでアメリカから力強い機関車と車両を購入し、古い車両を刷新して効率化を図った。
国産を目指していた日本国鉄や他国の付き合いのある商社、ただでさえ私鉄買収のための借金があり更に借金が増えると多くの人は反対した。
だが鯉之助と龍馬の手腕により大量輸入を断行。日本国鉄の経営は改善し返済額を上回る利益を出した。
アメリカの鉄道産業も莫大な契約金が入り潤ったのだ。
新たに敷設する朝鮮鉄道は車両は勿論だが一から建設する必要がある。線路敷設や架橋、信号施設のための資材が必要であり、それらをアメリカから輸入。儲けは更に大きかった。
ロシアとの海戦を予想して迅速に建設する必要があったための大量輸入だったが、結果的に開戦に間に合い日本軍の迅速な半島への展開を可能にしていた。
このような上得意様を支えるのは当然のことだった。
少なくとも日本の方がロシアよりアメリカの為になる。自分たちアメリカの鉄道産業の為になると考え、日本が朝鮮半島を守り切るため、支援の為に国債をシフは購入していた。
戦争終結後の朝鮮鉄道の車両更新計画で多数のアメリカ製車両を購入するという龍馬からの提案もプラスに働いた。
文字通り馬車馬のように動かす機関車や車両類を刷新する必要があり、一部は戦争で破壊されるだろう。
それら車両の更新をアメリカからの輸入で補うのであり、アメリカの鉄道業界にはチャンスだ。
勿論日本の国産車両も生産する予定だが、戦時と戦後の需要のピークを輸入車両で補い、のちの車両更新には国産を使い徐々に国産の比率を高めてく。
こうすれば車両生産設備を小規模なものから徐々に増やしつつ、戦時と戦後の輸送需要に対応しつつ国産の比率を無理なく増やしていけると龍馬と鯉之助は考えていた。
以上の理由があったが高橋是清は望み薄とされた国債の販売に成功したのだ。
正直ニューヨークで販売できるかどうか疑問だった。
金融の中心はロンドンでありニューヨークなど二流の市場と思っていた。
だが、販売できたのは幸先の良い話だった。
鯉之助の紹介もありすぐにクーン・ローブ商会のトップと面談し話を纏めることが出来たのも幸運だった。
ニューヨークでの販売を元にロンドンでも大々的に国債を販売できる。
「ありがとうございます」
契約が結ばれたと喜ぶ是清だが、シフは条件を付けた。
「ただ国債の利率ですが8%でお願いします」
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