市場が見る日本の先行き

「何ですと」


 シフの言葉に是清は固まった。


「利率8パーセントなど非常に高いのですが」


 諸外国の利率は提示された利率の半分以下だ。

 そのような高利率では利払いで日本の財政は困窮してしまう。

 到底認めることは出来ない。しかしシフは譲らなかった。


「日本が勝てるかどうか疑問です。それくらいの利率でなければ旨味がなく購入者は少ないでしょう」


 利益を得るために国債を購入するのだ。

 もしかしたら紙くずになるかもしれない株式を購入するなら高利率で儲けを得ておきたいと考えるのが顧客だ。

 自分たちだけで処理することは出来ないので、販売するためには高利率にしなければならない。


「日本海軍は旅順でロシア艦隊を撃破しましたぞ」

「ですが、ロシアは海軍は二流でしょう」


 英国が最優秀でありその指導を受けているのだから日本が勝つのは当然ではないか。

 海戦の奇襲が成功し無防備なロシア艦隊をたまたま撃破出来ただけではないか、という予想が流れていた。


「それに太平洋艦隊だけです。バルチック艦隊が来航してきて勝てるのでしょうか」


 そしてロシアは太平洋艦隊と同規模のバルチック艦隊を保有しており、極東への回航を発表している。

 この艦隊が来たら日本艦隊は全滅ではないかとの予測が出ていた。


「そしてロシアは陸軍国です。二〇〇万の兵力がいます。日本の陸軍は何万人ですか?」

「三〇万です。ですが、動員によって一〇〇万以上の動員が可能です」

「ロシアも動員すれば四〇〇万はいけるでしょう。勝ち目はあるのでしょうか?」

「あります」


 是清は断言したがシフは鼻で笑った。


「何故そう言えるのですか?」

「朝鮮半島を我々は制圧しロシアの侵入を阻止しました。これで十分でしょう」

「ですがロシア軍と本格的な戦闘を行ったわけではありません。朝鮮半島を守り切れるかどうか不安です。幾ら船を沈めても土地を占領し統治するのは陸軍です。日本にそれだけの陸軍の能力があるか疑問です」


 土地を占領するのは海軍ではなく陸軍だ。

 最終的に領土を守り切れるかどうかは陸軍に掛かっている。

 勿論島国である日本において海軍は最初の防衛線であり重要だが、重要拠点――軍港や港湾設備を維持できるかは守備にあたる陸上兵力に掛かっている。

 その拠点を、朝鮮半島をロシア陸軍から日本陸軍は守り切れるか、シフを始めアメリカは疑問に思っていた。


「大丈夫です」


 是清は自信満々にいった。


「日本陸軍はまもなく朝鮮半島防衛のために満州への進撃を行います。鴨緑江にロシア軍が展開していますがこれを打ち破るでしょう」


 朝鮮半島を守るためには、その付け根である満州を確保する必要がある。

 これは軍事に詳しい人間なら当然の帰結だ。

 いずれ日本が満州へ行くであろう事は世界が認めることだ。


「そうでしょうか? 本当に勝てるのでしょうか?」


 シフは疑問を口にした。

 ロシア軍も防衛のために鴨緑江に軍を集結させつつあった。

 しかし、日本軍はロシア軍を打ち破れないと世界では考えられていた。


「大丈夫です」


 是清は自信満々に言った。


「日本軍は必ず勝ちます。何しろ一〇万もの大軍がいますから」

「ですが川を渡河するのは軍事的に非常にリスクの高い作戦です。五倍の戦力で成功できるでしょうか」


 渡河作戦では防御側が有利で、守備兵力の五倍を相手に出来るとされている。

 ロシア軍は少なくとも二万の兵力を鴨緑江に展開していると発表していた。

 日本の第一軍は一〇万、戦力的にほぼ拮抗している。

 しかし、ヨーロッパでも一流とされるロシア陸軍と日本陸軍が戦えるとは思われていなかった。

 戦力的に劣っており、その倍の戦力が必要では、あるいは進撃する能力が無いと考えられていた。


「大丈夫です。必ずや渡河に成功させます。ですから低利率で発行しましょう」

「売れるかどうかは望み薄です」

「兎に角、低利率で販売してください、日本政府が責任を持ちます」


 販売できない時は日本政府が買い上げる、と言外にほのめかした。


「出来ないのであればモルガンへ行くだけですが」

「強気ですね」


 モルガンもこのような話には乗ってこないとシフは思っていた。


「それだけ日本の勝利を信じております。販売先は独占していないことをお忘れなく。それは他に用事がありますので」


 そう言って是清は席を立ってシフの事務所から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る