シフの目論見と是清の苦悩

「なかなか手強い。空威張りでも大した物だ」


 是清の出て行ったドアを見てシフは呟いた。

 日本への支援は本心だが、その理由は自身の商会の市場開発のためだ。

 それも満州、朝鮮のみならず日本の市場も得たかった。


「国債で日本に首輪を付けられると思ったのだが」


 高利率の国債を売りつけることで日本政府を借金漬けにして事実上日本をコントロール下において、操りたいと考えていた。

 日本は巨大な中国に近く販売拠点として役に立つ。

 それに度々日本、いや海龍商会と海援隊には苦い思いをさせられた。

 ハワイ革命や、フィリピンでは損をしていたしアラスカの金をかすめ取られたのは、はらわたが煮えくり返る。

 いつか仕返ししてやろうと考えていた。

 その頭である日本政府を支配下に置けば海援隊を潰すことも出来るとシフは考えていた。

 セオドア・ルーズベルトは、米比戦争の後始末、政治的混乱を収拾するため日本と協力したいようだが、せっかくの機会を見逃すことなどシフには出来なかった。


「中々、首を縦に振らないな。だが、それもいつまで持つことか」


 緒戦で敗退したがロシアの方が国力は上である。

 日本が何時までも持ちこたえられるとは考えていなかった。

 最近は近代化を進めているが、保たないだろう。

 いや、近代化したからこそ保たない。

 軍が近代化した時、著しく戦費が上昇するのは一九〇〇年前後の特徴だ。

 増大した兵員数を維持するための給与、衣糧費。高価な兵器を購入するための費用と維持費。それらを運ぶための輸送費。高度化した兵器を生産するための機会と、そのための人員を雇う給与。

 複雑高度化した産業を保つ軍事産業は前世紀とは全く違うレベルになっており、多大な資源と資金を必要とする。

 それは米西戦争、米比戦争、ボーア戦争を見ても明らかだ。

 このまま戦争を続ければ絶対に日本の戦費は足りなくなる。

 劣勢に陥れば、日本は外貨を得るために自分に縋るしかない。

 そこで更にふっかけることもできる。

 意地を張り続けたとしても、その先にあるのは日本経済の崩壊だ。

 その時は更に高い利率で国債を販売することが出来る。

 満州と朝鮮がロシアの支配下に陥るだろうが、ロシアもただでは済まないだろう。

 何しろ、太平洋艦隊が一つ壊滅状態にあるのだ。

 回復するには時間が掛かる。いっそのこと、ロシアにも金を貸すという手段もある。


「いずれにせよ、市場を確保し最終的に勝つのは我々だ」




「……どうしよう」


 ホテルに戻った是清は頭を抱え込んだ。


「他に販売の宛なんてないぞ」


 強気で言っていたが、無理なことは是清も承知だった。

 モルガンにも話してみるが、似たような条件、いやもっと悪い条件を言ってくるに違いない。

 あのような悪条件など絶対に受け入れられない。

 受け入れたら戦費は確保できても、日本はシフ達アメリカ資本の植民地、奴隷となってしまう。


「だが国債、外債を販売できなければ外貨が、金準備が足りなくなる」


 世界の経済政策は金本位制度だ。

 金をどれだけ保有しているかで通貨の流通量が決まり経済が回る世界だ。

 大恐慌時代よりのちの管理通貨制度の時代からは金の保有で財政策が制限される馬鹿げた制度だ。

 経済が活発になった時、金の保有量に関係なく通貨を流通させ発展させる事が出来る制度であり、大恐慌のような不況を避けることが出来る。実際、ブラックマンデー、リーマンブラザースではかなりのダメージを受けたが、歴史の教科書にあるような失業者が溢れるような事は無かった。

 しかし、金本位の時代では、価値があるとされる金――具体的にはポンド金貨によって裏付けされた紙幣でないと国際貿易は出来ない。

 海援隊と海龍商会では金の裏付けなしに売買できる制度を試験的に行っているが国際標準ではない。

 もし、外貨が足りなくなれば日本の金本位は崩壊、日本の経済も崩壊し戦争どころではなくなる。

 存続さえ危ぶまれる状況になるのだ。

 ロンドンでも販売する予定だが、先に行かせた部下やロンドン支店長からは「日本の信用びた一文なし」販売できる見込みなしと言ってきている。

 ニューヨークで販売し、その好調ぶりを見せつけてロンドンでの売り込み要素にしたかった。

 だが、とてもあんな条件では合意できない。

 戦争に勝てたとしても、戦後に没落するのは目に見えている。


「なんとしても日本軍には鴨緑江で勝ってもらわなければ」


 是清は心から日本の勝利を願った。

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