マッカーサー受け入れの理由


「けど、大丈夫なの?」


 晩餐会が終わった後、沙織が尋ねた。


「何が?」

「あのダグラス・マッカーサーという観戦武官。あなたに殺意を向けていたけど、何かやらかさない?」


 隣に座っていた沙織はダグラスの鯉之助への殺意に気がついいた。

 いつでも仕留められるように、自分の相手と話しつつ、正装で装着を許されていた短剣をずっと握りしめていた。


「だろうね」

「じゃあどうして」

「観戦武官の受け入れは決まったことだし、日本の実力を世界に示すために必要な事だ。殺意あるというだけで拒絶するわけにはいかないよ」

「殺意を持っていたとしても?」

「持っていたとしてもね」


 鯉之助は言い聞かせるように言った。

 実際、米西戦争のとき鯉之助は観戦武官として赴いたことがあるので拒絶する事は出来ない。


「それに大佐、セオドア・ルーズベルト大統領からも依頼されている」


 鯉之助とセオドア・ルーズベルトは米西戦争、サンチャゴ戦役での戦友だった。

 当時海軍次官を精力的に務めていたセオドア・ルーズベルトだったが、開戦すると職を辞してカウボーイや大学時代の友人を引き連れて義勇騎兵隊を結成。自ら指揮官となった部隊はラフライダーズと呼ばれ彼らはキューバに降り立ち戦った。

 彼は二度の突撃で常に馬に乗って戦場を往復した。

 輸送力の問題から他の兵員の馬が輸送できなかったためだ。

 他にも兵站に問題があり、米軍は貧弱な装備と劣悪な環境で戦う事になった。

 そのことをルーズベルトは訴えたが、その手紙が上官によって新聞にリークされ、陸軍長官と当時のマッキンレー大統領を激怒させ、名誉勲章の受章を却下された。

 このとき助けたのが鯉之助だった。

 ピューリッツァと協力し米軍の状況をリークする事で反政府のキャンペーンをはり、セオドア・ルーズベルトが正しいことを証明し、のちに名誉勲章を授与されている。

 ちなみにテディとは、セオドア・ルーズベルトのミドルネームで、狩猟の時、獲物を仕留められず、同行者が撃った熊のトドメを譲られた事を潔く断った。そのエピソードを同行したワシントンポストの新聞記者ベリーマンが記事にしたからだ。

 挿絵入りの記事「ベリーマンベア」に感化されたロシア移民モリス・ミットムがアイデアル社を起業し製造した熊のぬいぐるみをセオドアの許しを得て「テディベア」と名付け販売したのが今でも人気のテディベアの発祥とされる。

 こうしてテディの名前は世界中に広がったが、セオドア・ルーズベルト本人はテディを下品な名前だと思い、テディと呼ばれることを嫌った。

 かつてラフライダースを率いて戦ったキューバでの戦いを誇りに思っていたため指揮官を表すカーネル――大佐と呼ばれるのを好んでいた。


「断るわけにもいかないよ」

「まあ、仕方ないでしょう」

「でも気を許すわけにはいかないでしょう。フィリピンで戦死したマッカーサー将軍の息子なのだから」

「それは勿論だ」


 スペイン時代からフィリピン独立派を海援隊が支援していたこともあるしフィリピンから手を切ることも出来ない。

 だが、アメリカが潜在的な敵国である事も事実だ。

 ハワイ併合を企んだし、フィリピンを植民地にしようとした。

 現在も中国へ進出しようと企んでいる。

 植民地獲得競争に出遅れたアメリカはなんとしても植民地を得たがっている。

 特に太平洋の中心地であるハワイ王国には目を付けており海援隊とは緊張状態が続いていた。


「だが同時に経済的なパートナーでもある」


 海援隊がここまで成長できたのはアメリカに投資をしてその配当金で事業を拡大したからだ。

 販路の多くはアメリカにあり、商売上の付き合いも多い。

 二一世紀の日本と中国のように潜在的な敵国であるが同時に最大の貿易相手でもあり慎重な付き合い方が必要だった。


「だから、見せつけないと行けないんだよ僕たちの実力を。最前線に送り込んで戦いぶりを見て貰わないと」

「負けて戦死したらどうするの?」

「そんなの観戦武官では当然だろう」


 他国から送られてきた観戦武官が戦闘中に戦死するのは珍しいことではない。

 ユトラント沖海戦ではクイーン・メリーに乗艦した日本海軍の下村中佐は同艦の爆沈に巻き込まれ戦死している。


「まあ死にはしないよ。負けることはないからね」

「自信家ね」

「負けたら日本も海援隊も終わりだからね。勝つ以外に僕たちが生きる希望はないよ」

「それもそうね」


 鯉之助の言葉に沙織は同意した。


「もっとも、生き残った後も大変だよ。ロシアの脅威を撥ね除けても列強が狙っていることに変わりはないのだからね」


 列強の脅威から日本を守るため開国し発展させたが、発展するにつれて問題も多くなっている。

 特にアメリカとは太平洋と中国を巡って問題が起きている。


「だからこそ、彼、マッカーサーには是非日本の実力を見て貰いアメリカに伝えてほしいものだよ。日本を軽んずることなんて出来ないとね」

「確かに」


 沙織は同意した。アメリカで日本への脅威論が出ていることを知っているからだ。

 日本のロシアとの戦いぶりを見て少しでもアメリカが日本に干渉するのを抑えられればと考えている。

 メタ情報を持っている鯉之助は更に未来を考えており、今後マッカーサーが出世してアメリカ政府に影響力を持つようになった時、パイプになると考えていた。


「アメリカの見方が変わってくれると良いんだけど」

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