近代要塞の威力

「突撃!」


 機関砲が黙ったのを見て前線では突撃が再開された。

 だが鉄条網は生き残っていた。細い鉄線である鉄条網は砲撃の爆風が当たりにくく、排除されにくい。切断しようにも高圧電流が流されていてペンチが触れた途端に感電し困難だった。

 だが鯉之助の助言で毛布や外套を用意していた部隊が鉄条網の上に覆い被せることで電流と針が刺さるのを防いで突入した。

 しかし、その先にあったのは数メートルの壕だった。

 勇敢な兵士が飛び降りたが、降りた瞬間、側方に隠されていた機関銃が火を噴き、あっという間に排除されてしまった。


「やはりダメか」


 攻撃が停滞したとき、ロシア軍の猛烈な反撃砲火が後続部隊に降り注いだ。

 堡塁の後方に設けられたロシア軍砲台の砲列が火を噴き、突入部隊と後続を切り離した。


「どうして砲撃できるの」

「まだ残っていたか、後方から補充したんだろう」


 沙織の呟きに鯉之助が答えた。

 砲台の大砲は固定砲の他に野砲のような移動できる砲も装備している。一カ所に攻撃が集中した場合や他の砲台が損害を受けたときに補充できるようにするためだ。

 一つの堡塁が突入され陥落寸前になっても周囲の堡塁が砲撃で後続部隊を押しとどめ、その間に交通壕を使って増援を送り込んで突入部隊を排除する。

 これが近代要塞の作戦だった。

 そのために砲台の火力を維持するためロシア軍のとった方法が移動できる大砲を用意して適宜投入することだった。


「退却も無理か」


 もっと強く中止を進言していればと後悔するが遅かった。

 しかし、これは必要なことだと鯉之助は割り切っていた。もっとも損害など減ってくれるに越したことはない。

 だが、そのとき変化が起きた。

 堡塁の一部に炎が上がった。


「何が起きた」


 よく見てみると兵士達が殺到して何かを放っている。


「火炎放射器か」


 史実ではドイツのフィードラーが開発したとされているが、開拓地で野原の雑草を根こそぎ焼き払うために鯉之助が考案したものだ。

 軍事利用出来ることに目を付けて海援隊が購入し陸軍にも配備されている。

 可燃性の液体を散布し、点火することで障害物の背後にいる敵に火傷を負わせる、または酸欠に陥らせることが出来る。

 特に密閉空間には効果があり、ガチガチに固められた掩体壕には有効だ。

 このような要塞戦にはもってこいの兵器だ。


「よく持って行けたな」


 しかし、当然弱点がある。

 射程が十数メートルと極端に短い上に、重いボンベを背負っている。

 しかも攻撃時は無防備になる上にボンベに一発でも銃弾が命中したら、砲弾の破片が命中すれば、周囲一帯を巻き込んで炎上してしまう。

 比較的優勢な戦場でしか使えない兵器だ。

 なのに要塞攻略の序盤から使うなど勇敢としか言いようがなかった。

 そしてしばらくする堡塁の一部から爆煙が噴き上がったのだ。

 双眼鏡で見ると、砲台からカーキ色の軍服を着た海兵師団の兵士が見えた。


「占領したのか」


 驚いていたが、堡塁にたどり着いた彼らが手にしたものを見て納得した。


「手榴弾か」


 元は史実の旅順攻略戦、第二回総攻撃の時、機関銃座や敵の壕の中を吹き飛ばすために空き缶に黒色火薬を詰めたのが手榴弾の始まりだ。

 だがこの世界では鯉之助の発案により、すでに開発されており海援隊によって太平洋各地で使われていた。

 特に米比戦争では真っ暗なジャングルから米軍のキャンプに音もなく投げ込まれ、大損害を出させた優れものだった。

 ジャングルでさえ十分なのに本来の目的である銃座の破壊、四方をコンクリートで固められた部屋の中で炸裂させるので、爆風が外に逃げず、殺傷力は抜群だった。


「堡塁に突入していったか」


 ロシア軍の堡塁の中へ突入していった将兵の様子を見た鯉之助は双眼鏡に写った景色に愕然とした。

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