機関銃座
「これでは連中は全滅ね」
「いや、生き残っている連中はいる」
担当できる沿岸に近い白銀山への砲撃の威力を見て軽口を言う参謀長を鯉之助はたしなめた。
案の定、ロシアの堡塁から砲撃音が響いてきて、鯉之助の周囲に着弾する。
「退避!」
近くの掩体壕に駆け込む。中は鉄板で作られた幅二メートル、奥行き六メートルほどの部屋だった。
「大丈夫? コンテナを埋めただけの即席だけど」
「土を分厚くかぶせているから大丈夫だろう」
工期短縮および工数削減の為に掩体壕は予め掘っておいた穴の中へコンテナを入れて土をかぶせただけだ。
元が防水性に優れ何段も重ねても潰れないコンテナは頑丈であり、即席の住宅としても使える。
土を被せておけば、土が砲撃の衝撃を吸収してくれるので比較的安全な掩体壕とすることも出来る。
もっとも被せた土を突き抜けるほど重い砲弾の場合直撃したらおしまいだ。
旅順要塞の陸側に配備された大砲に重砲は少ないが、あたってしまう可能性はある。
その時はその時だ。
だが弾着音は徐々に少なくなり、やがて遠くからの弾着音に変わった。
「味方の砲兵部隊と、艦隊が砲撃を開始しました。砲兵陣地を黙らせています」
ロシア側の砲台や大砲を見つけ出して制圧し、味方を援護している。
その中でひときわ大きな爆発音が響いてきた。
「味方の二八サンチ榴弾砲です!」
史実でも旅順で活躍した二八サンチ榴弾砲。
元は沿岸要塞に配備されていた要塞砲のため固定されているので要塞攻略には不向きとされていた。
しかし、火工長の吉原軍曹は要塞砲の応急設置を研究。その結果、木材を組み、固定砲床の基盤を作りその上にベトンを敷くことで工期を二週間に短縮させた。
史実では第二回総攻撃から投入されたが、鯉之助が早い内から投入を陸軍の有坂少将を通じて大本営に要請し実現させていた。
大連防衛用に運ばれていた一部を鉄道と舟艇を使って輸送。
素早く据え付け実戦投入したのだ。
猛烈な砲火にロシア側の砲台は沈黙した。
大砲が黙っている今が突撃のチャンスだ。
「爆導索発射!」
前線の至る所で号令が下り、何本もの左右に火を噴くロケット弾が太いロープを引っ張って飛んでいく。
ロープはロシア軍の陣地の前後へ落ちていく。
「点火っ!」
直後、ローブが爆発した。
ロープに数珠繋ぎに取り付けられていた爆薬が一斉に爆発したのだ。
爆導索と呼ばれる装備で、二一世紀の世界では一般的な装備だ。
だが、地雷原突破を研究していた鯉之助が海援隊にて研究させ実用化させた。
爆発した後には爆導索発射機の前に一条の線が戦場に、地雷ごと大地に穿たれ道が出来ていた。
それは日本軍の前線各所で行われ突撃路として現れた。
「突撃!」
各部隊に突撃命令が下る。
敵陣前二〇〇メートルのまで伸ばされた壕から飛び出した兵士達が目標へ出来た突撃路を伝って突進する。
「終わりましたね」
「いや、まだだ」
陣地に接近したとき、ロシア軍陣地から多数の光と豆を煎るような音が聞こえた。
すると突撃していた先頭の兵士達が倒れはじめ、後続も地面に伏せた。
「なにが」
「マキシム式機関砲だな。やっぱり生き残っていたか」
ホチキス式のライバルであるマキシム式機関砲はロシア軍が採用、大量配備しているしている。
水冷式のため重く機動力が小さいが銃身が過熱しにくく、一度据え置けば長時間の銃撃が可能だ。
「あの砲撃の中どうやって生き延びたのよ」
「地面に作られた壕は意外と耐久性がある。直撃しない限り、潰すことは出来ない。潰し損ねた壕に残っていた一門の機関砲で一個連隊を相手に出来る」
実際第一次世界大戦では七日間の準備砲撃のあと生き残った機関銃が突撃してきた敵を食い止め一個連隊二〇〇〇名を一個中隊二〇〇名程度にまでした実例がある。
その先例が旅順攻防戦だった。
膨大な戦死者を出したことから失敗だと糾弾する声があるが、機関銃を本格的に使用したのは日露戦争が初めてだ。
むしろ、その経験を生かさなかったことが人類の失敗だ。
「畜生め」
この悲劇の再来を嫌って研究し新兵器の開発を進めてきた鯉之助だが、不完全だった。
突入した部隊は大損害を受けているだろう。
「なに、まだ手はある。軽砲大隊!」
鯉之助は電話で命じた。
「前方のロシア軍陣地に光が見えるな。あれに向かって斉射十連っ! 照準に納め次第即時発砲っ! 修正は撃ちながら行え!」
「了解!」
連合艦隊および海援隊の艦艇に取り付けられていたホッチキス QF 3ポンド砲――四七ミリ速射砲を用いて編成された軽砲大隊。
四七ミリ艦載砲は、大型艦が小型艇を撃退するために作られた。
だが魚雷の射程が伸びて四七ミリ砲の射程外からの魚雷攻撃が出来るようになったことと、艦艇の大型化により、威力不足となったため各艦艇より降ろされていた。
だが小型であるために運ぶことが容易。
この点を生かして旅順の前線に運び込んだ。
そして速射砲という点が良かった。
数秒間隔、訓練では二秒に一発で連射できるという特性がある。
鯉之助はそれを最大限に生かすつもりだった。
「撃てっ!」
ロシア軍の機関銃陣地を捉えた軽砲が次々と火を吹いていく。
多くは外れたが、弾着を見て修正され命中していき、やがて何発も開口部から砲弾を撃ち込んでいった。
機関砲の最大射程は二〇〇〇メートルだが四七ミリ砲は三八〇〇メートル。
アウトレンジから砲撃可能。
しかも、着弾すると爆発し周囲に被害を及ぼす。
いかに強固な陣地でも機関砲を撃つための穴が開いており、そこへ四七ミリ砲弾が入り込む。
一発ではダメだから十発連続で打ち込めば一発は入る。
入れば爆発するので射手は勿論、装填手や観測員、指揮官も纏めて確実に殺してくれる。
史実でも海軍重砲隊の中に軽砲隊がおり、同様の活躍をした。
歩兵突撃の支援と軽く書かれているが、機関銃座にとっては天敵だ。
前線に展開した軽砲部隊の砲撃にロシア軍の機関銃座は次々と沈黙していった。
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