第二回総攻撃

「総攻撃を開始する! 砲撃開始!」


 第三軍司令部の命令で指揮下の部隊は一斉に砲撃を開始した。

 予め飛行船によって偵察して判明している陣地に向かって砲弾が飛んでいく。

 その数日前から連合艦隊と海援隊の艦艇によって艦砲射撃が行われ堡塁と砲台の破壊を行っていた。

 旅順の山は火と煙に包まれ活火山のようだった。


「全滅しているんじゃないか」


 吉良軍曹は破壊される砲台を見てつぶやいた。

 日本軍の猛烈な砲火に対してロシア軍の砲火はたいしたことが無い。

 徐々に反撃してきているが、日本軍の砲火が優勢であっという間に沈黙する。

 砲台は遠目から見ても破壊されていた。

 第一師団は水師営の西方を担当し先日第十五連隊が占領した一六四高地――第十五連隊の駐屯地である高崎市から名を取り高崎山と命名された高地から鉢巻山――中腹に作られたロシア軍の塹壕が鉢巻のように見える山を攻略することになっていた。


「吉良軍曹、突撃だ」

「了解! 分隊続け!」


 砲撃が行われている間に近づくべく吉良軍曹は分隊を率いて敵に接近する。

 しかし、砲撃の爆煙で敵の様子が見えない。

 本当に破壊されているのか疑問だった。

 南山の戦いで野砲に耐えられる陣地を構築していたことは知っている。

 戦いが終わった後、ロシア軍の陣地を占領したが、あれだけのもう砲撃を受けて、無事だった陣地を見て吉良は背筋が寒くなったものだ。

 艦砲射撃の援護があったからこそ突破出来たが、旅順要塞への艦砲射撃は、周囲を山に囲まれているため不十分。

 特に北西側は、海から離れているため、行われていない。

 確実に破壊して欲しいのだが。

 砲兵連隊の支援はありがたいが、敵を吹き飛ばせないのは痛い。

 陣地を吹き飛ばす砲撃が欲しかった。

 そう思っていると、一際大きな爆煙がロシア軍の陣地で起こった。




「使えるな」


 鯉之助はその光景を満足そうに見ていた。

 目の前に作られた砲兵陣地、いや操車場に並べられた列車、その上に乗っけられた大砲を。

 八インチ列車砲である。

 装甲巡洋艦に主砲として搭載されている八インチアームストロング砲を旋回装置と共に乗っけた日本陸軍の切り札である。

 周囲を海に囲まれた日本は沿岸防御が最重要課題であった。

 幕府が揺れ動き倒れたのも近海に欧米の軍艦が現れアメリカが黒船を送り開港を迫ってきたからだ。

 故に幕府を倒した新政府は日本を守るため、海防が喫緊の課題であり、二十世紀に入った今も変わりない。

 だが大型艦を建造できる能力が無い出来たばかりの明治政府は、敵艦を迎え撃つために重要な都市近郊に沿岸防衛用の要塞を建設し大砲によって撃退することを計画し各地に要塞を建設した。

 横須賀、猿島、第三海堡や対馬に建設された砲台は、この計画に沿って作られた。

 しかし、問題が発生した。

 軍艦と違い陸上砲台は、設置されると移動が困難、大砲の移動に月単位の日時が必要だ。

 そのため機動性が皆無で例えば大阪に敵艦隊が来襲したとき、東京の大砲を増援として送るのは最短で一月後、といった事態になりかねない。

 上陸直後に敵軍を撃退しなければならない沿岸防衛で時間のロスは致命的だった。

 そこで鯉之助が提案したのが、列車砲だった。

 各地の砲台に配備する大砲の一部を列車砲として配備。

 敵艦隊が来襲した場合、その要塞へ日本各地に配備されている列車砲を全国へ整備されつつある鉄道網を使って移動し迎撃に使うのだ。

 これなら移動時間と準備時間だけで済むので数日で移動できる。

 しかも八インチ砲は一一三キロの砲弾を仰角三〇度で一八〇〇〇メートルの射程を誇り、更に仰角を上げれば、射程を延伸できる能力を持っていた。

 鉄道輸送のため車両限界を考慮する必要があるが、標準軌を採用した日本の鉄道は余裕で通すことが出来た。

 予算が限られている日本陸軍は、大喜びして採用し各地の要塞――対馬、佐世保、下関、東京湾、豊予、由良、舞鶴、津軽、宗谷、そして樺太の間宮の各要塞に配備された。

 そしてロシアと開戦すると対馬海峡や朝鮮半島沿岸部の防衛のために海を渡ってやってきていて一部を旅順攻略に使用した。

 各要塞には列車砲連隊が編成され攻撃力故に一個中隊に列車砲一門を配備された六個中隊三個大隊、合計一八個中隊一八門の列車砲と支援部隊、鉄道敷設部隊と共に配備された。

 日露開戦までに日本で製造出来た八インチ列車砲は、中央の予備と訓練用を含めて、およそ二〇〇門。

 その一部が渡海して満州の大地に現れ旅順攻略の第三軍に配備された。

 その中の一門が火を噴いたのだ。


八インチ列車砲の詳細は

https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16817139554516783194


「試射よし! 目標位置に着弾! 諸元を各中隊へ伝達!」


 砲兵指揮官の命令で、陣地に会った次々と列車砲が仰角を上げていく。


「撃て!」


 各砲口から炎が吹き砲弾が飛び出していく。

 各要塞から転用された列車砲の数は二個連隊三六門。

 空に向かって砲口を上げた列車砲は次々と火を噴いていった。

 強力な一一三キロの砲弾が旅順要塞の堡塁に撃ち込まれていく。

 ロシア軍の防御陣地は強力な事で有名だ。

 だが、それはあくまで一五センチクラスの砲弾に耐えるだけの性能しかない。

 当時の主力野砲、有坂砲やシュナイダー砲の七五ミリクラスならば十分に耐えられる。

 だが、八インチ――二〇センチクラスの砲弾の直撃を受けてしまったら耐えられない。

 一分間に二発の砲撃を三六門の列車砲が絶え間なく行い、次々と吹き飛ばしていく。


「良さそうだな」


 正面のロシア軍陣地が破壊されていくのを見た鯉之助は満足し、命令した。


「前線に通達五分後に突撃用意」

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