南山戦の様相
「部隊の前進が止まりました」
「くっ」
参謀長の報告に奥大将は、呻いた。
第一師団の支援があったが第四師団による金州城攻略、陥落の後、第二軍による南山攻撃が始まった。
第二軍に所属する第一師団、第三師団、第四師団による全力攻撃だ。
騎兵第一旅団もいるが、強固な敵陣への正面攻撃は騎兵は不得手であり、後方の安全確保と、遼東半島全域へのロシア軍施設襲撃を命じており、この場にはいない。
それでも三個師団による攻撃ならば一個師団を追い落とせるはずだった。
だが海が迫る細い地峡が阻んだ。
一個師団を展開するには四キロの幅が必要だが、地峡の狭い部分は四キロ以下。
三個師団を展開できる幅がなく、密集してしまい、被害が拡大してしまう。
数の優位を発揮できず、逐次投入になる。
一方敵ロシア軍は攻撃を正面の狭い地峡に集中させれば良い。
回り込まれる心配無く、正面の敵を攻撃すれば良いだけだった。
「どうしますか?」
「攻撃続行だ」
奥は攻撃続行を命じた。
突破しなければ大連を確保できない。
時間を掛けていたら、満州平原にいるロシア軍主力がやってくる。
背後、北方で警戒中の騎兵第一旅団からの報告は、まだ入っていないが、奥がクロパトキンなら必ずロシア軍を南下させ、日本第二軍の背後を突く。
時間的余裕など無かった。
だから無理を承知で攻撃を命じるしかなかった。
「畜生、あんなに堅いんじゃどうしようもない」
吉良軍曹は無反動砲を構えつつ目の前のロシア軍陣地を見た。
ロシア軍は地面に壕を掘ってそこに隠れている。
手前には鉄条網があり、兵隊の前進を阻んでいる。
特火点を見つけて無反動砲を撃ち込むが、互いに援護できるように、射界が重なるように陣地を構築しているため一つの陣地を占領しても、他の陣地が反撃してきて集中砲火を浴びてしまう。
吉良の部隊だけではなかった。他の師団の部隊も攻めあぐねている。
日本の師団は独立行動がとれるようロシア軍に比べて大型編成で二倍の戦力を持っている。それが三個師団も集まって攻撃している。
だが、野戦陣地に立てこもるロシア軍は粘り強い。
砲撃を浴びせるが、一向に反撃が収まる気配が無かった。
「そもそも砲撃で敵の陣地が潰れていない」
南山に要塞施設が建設されたとは聞いていない。おそらく、開戦後に作られた臨時の野戦陣地だ。
それでも砲撃で破壊出来ていない。
砲兵が潰しきれないのだ。
敵部隊健在にして旺盛に反撃する。
以上の理由で前線部隊は攻撃の一時中止を第二軍司令部に求めたが、司令部は却下し攻撃続行が決まった。
「占領できるわけないだろう。司令部は状況を分かっているのか!」
無茶な命令に吉良軍曹は悪態を吐いた。
「吉良軍曹」
小隊長に声を掛けられて吉良は固まった。
上層部批判を咎められると思ったからだ。
「後退しろ。一度立て直す」
「了解」
聞かれなかったらしく、吉良は安堵して下がった。
しかし、中隊に戻って新たな命令を受けた時、やはり聞かれていたのではと思ってしまった。
「日本軍の攻撃を撃退し死傷者の後送終了しました。現在は陣地の修復を行っております」
「ご苦労」
深夜、部下の報告を受けて東シベリア狙撃兵第四師団師団長フォーク少将は強ばった顔で返事をした。
憲兵出身で警察活動に優れた成果を残している。
だが、軍事的な能力は低い。
東シベリア狙撃兵第四旅団の旅団長として義和団の乱に参戦したが、それほどの戦果はなく、師団長になったのも旅団が師団に格上げされたからだ。
そのフォークはたった一個師団で三個師団を相手に死守せよと命じられ恐怖で震えていた。
一対三では負けるに決まっている。
しかし軍事的に見れば防御し易い箇所に陣取っており、簡単には負けはしない。
だが、軍事的能力の低いフォークにはそれが理解できず、まもなく敗れると考えていた。
撤退し二個師団いる旅順で迎え撃とうと考えていたが、却下された。
旅順の防御工事のための時間を稼ぐように言われてしまった。
ならば旅順の二個師団、あるいは一個師団を増援に要請したがこれも却下された。
防御不能を理由に退却しようとしたが、ゲオルギー殿下から死守せよとの命令が下り、撤退できなくなってしまった。
「何でこんなことに、別の誰かがやれば良いだろう」
フォークは愚痴る。
実際、ゲオルギーも憲兵出身のフォークを信用しておらず、解任し他の人物にしようとしたが、フォークは関東軍司令官ステッセルのお気に入りで解任することが出来なかった。
そのため、死守命令を下す程度しか出来なかった。
「このままでは突破される。直ちに旅順へ撤退し堅牢な要塞に籠もる方が損害も少ないし良いのではないか」
そうフォークは考えるが、南山の背後には大連港があり、突破されれば日本軍に占領され使われてしまう。
大連は旅順のすぐ近くだが、旅順要塞の外側にあり日本軍に使われてしまう。南山より旅順側にこれ以上狭まる場所はなく、防御に最適な場所はない。
結局南山で守るしかない。
第一、撤退するのは命令違反だ。
「軍法会議に掛けられるのは嫌だ」
憲兵出身だけに憲兵の取り調べと軍法会議の処罰の恐ろしさは知っている。
とてもそんな事にはなりたくない。
だからといって死守も嫌だった。
その時、前線の方で爆発音が響いた。
「どうした」
「日本軍の夜襲です! ただいま応戦中です」
昼間陥落させることの出来なかったことに焦った奥大将が命じて行わせた夜襲だった。
運良く、陣地の一つに取り付いて占拠したが、このことがフォークの判断を誤らせた。
「敵の攻撃は執拗だ」
昼夜を問わない激しい攻撃にフォークはこれ以上自分の部隊は保たない、と判断した。
「直ちに撤退だ」
「ですが、死守命令が」
「状況を分かっていない上の命令など聞けるか。直ちに撤退する」
フォークは撤退を命じた。
軍法会議ものだったが、知ったことではなかった。
しかし、この命令はある意味フォークを救うが、遅すぎた。
撤退は夜明け頃に行われたが、戦局を一変させる出来事が起こり始めた。
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