第四師団 吉田2

 このとき日本陸軍の砲兵連隊が装備しているのは最新型の三三年式野砲。

 海援隊が開発した大砲で発砲速度は毎分一〇~一五発。

 これまでの三一年式野砲――通称有坂砲の三倍から五倍の発砲速度だ。

 ロシア軍のM1900三インチ砲と同等の発砲速度だ。

 だがロシア軍は反撃してこない。

 何発か撃ってきたが、どれも砲兵連隊の手前で落ちてしまう。

 M1900三インチ砲の射程が八五〇〇mに対して三三式野砲の射程が最大で一万五〇〇〇mに達するからだ。


 三三年式の詳細は

https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816927861712003472


 完全にアウトレンジから砲撃したため、ロシア軍は一方的に撃たれるだけだった。

 だが金州城の城壁に何発か当たっているが崩れる様子はない。

 それどころか破口から分厚い土の土台が見えて強固なことを見せつけられて戦意が落ちる。

 せめて砲撃でロシア兵が退いてくれれば良いのだが、と吉田は思うがロシア軍は退いてくれない。

 城壁に隠れたまま銃撃を繰り返す。


「突撃!」


 砲撃の途中で吉田達の部隊は前進を開始した。援護射撃のお陰で敵の砲撃はなく吉田は城壁の近くへ向かう。

 しかし、生き残った機関砲が城壁から雨のように銃弾を降らせる。


「伏せろ!」


 命じられて吉田は地面に伏せた。

 あれだけの砲撃を受けてもロシア兵が元気なため激しく打ち返してくるので近づけない。


「前進しろ!」


 後ろから中隊長が大声で叫ぶが誰も動かない。

 第四師団は大阪を中心に関西の兵で構成される。

 損得勘定が働きやすいためか、勝ち戦でないと動かない。

 三度の攻撃命令にも兵士達はなかなか前進しない。ロシア兵の防御火力が生きているためだ。


「俺たちが攻撃する。見ていろ」


そんなとき、見慣れない下士官が叫ぶと吉田の脇を通って前進する

 肩章を見ると第一連隊、第一師団の軍曹だった。

 肩に何か円筒のような物を担いでいる。


「食らえ!」


 銃撃を避けるために地面に伏せたまま、筒先を城門に向けて狙いを定めると、後ろを見てから引き金を引いた。

 筒の前方に発砲炎が、筒の後方から巨大な煙が噴いたかと思うと、城門の方で爆発が起きた。

 城門が崩れ、中に向かって開いた。

 城壁へも先ほどの筒による攻撃が行われロシア兵の機関銃を潰した。


「突撃!」


 命令で一斉に兵士が動き出した。

 勝機を見るに敏な第四師団が突撃を開始した。

 城門へ兵士が殺到し、やがて日章旗が翻った。


「なんとかなったか、少し」


 筒を持った軍曹がつぶやいた。


「あ、ありがとうございます」


 吉田は軍曹に言葉を掛けると同時にとってつけたように敬礼した。


「うん、ああ、これか」


 軍曹は吉田の目的に気がついて答礼すると持っていた装備を説明した。


「これは新兵器の無反動砲だ。歩兵でも大砲の弾を撃てる。もっとも一〇〇〇メートルほどの近距離からしか撃てないし、後方に砂を蒔くんで味方の安全を気にしないといけないがな」

「初めて見ます」

「ああ、海援隊で作られていたのを陸軍が導入したんだ」

「うちの部隊には与えられませんでした」

「そうだろうな。生産が始まったばかりで海援隊に近い山岳師団や先に出征した第一軍に優先配備された。俺たち第一師団には乗船前に配備された」


 歩兵の火力を著しく上げる無反動砲だったが、生産を始めてから時間が経っておらず、配備数は僅かだった。

 海援隊では使われていたが、生産が始まって間もなく配備が遅れていた。

 数十万の軍隊に十分な配備を行うには生産体制を整える必要があり、その工業力が日本には不足していた。

 鯉之助はなんとかしようとしていたが、平時に武器は不要であり遅々として進んでいなかった。

 開戦決定により拡大していたが、全軍に届くまでには時間が掛かりそうだった。


「まあ、いずれ配備されるだろう。そうなれば俺たちが援軍に来る必要も無い」


 第四師団による攻略が遅れていたため第一師団に支援命令が下って吉良軍曹の部隊が駆けつけた訳だ。

 吉良は吉田に向かって言った。


「さて、金州城が落ちたんだ。南山の攻撃に向かうぞ」

「は、はい」


 とりあえず返事をして吉田は吉良の後に続いた。

 徴兵され数ヶ月程度の訓練を受けただけのド素人など、職業軍人に従うしかないのだ。

 所属は違っていても頼りになりそうな下士官について行けば良い。

 少なくとも、高い祈祷料を支払って徴兵を回避出来なかった神より生き残らせてくれる下士官の方が頼りになる。なんなら拝んでもよい、と吉田は思った。

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