第三艦隊 バルチック艦隊と接触

「そろそろ報告のあった海域です」


 第三艦隊が対馬の竹敷を出撃してから四時間経過した、午前十時。

 報告のあった海域に第三艦隊は到達した。


「ですが霧が濃くては見つけるのは難しいです」

「無理でも見つけなければならない。バルチック艦隊を撃滅しなければ日本は破滅だ。東郷さんにバルチック艦隊を撃滅してもらうため絶対に見つけるぞ」

「前方に煙が数条見えます!」


 見張りが指した方向を見ると確かに煙が上がっていた。

 そして靄の奥から複数の艦艇が現れた。

 重厚なクロウズネスト。

 喫水線から上が強く絞られたダンブルホール型の船体。

 艦首にはロシア帝国の象徴である黄金の双頭鷲が輝いている。

 紛れもなくロシア帝国海軍艦艇だった。


「バルチック艦隊です」

「なんて数だ」


 もやが徐々に晴はじめ、バルチック艦隊全体が見えるようになり、大艦隊を見渡すことができた。


「すごい数だ。我々はこの大艦隊に勝てるのでしょうか」

「馬鹿なこと言うな。勝たなければならないのだ。そのためにもバルチック艦隊のありとあらゆる情報を収集し報告するのだ。進路速力陣形編成、何もかもを急いで発信せよ。我々は敵艦隊の左舷前方五海里につけ平航せよ」

「敵艦までの距離8000ですか。敵の射程ギリギリです。敵の攻撃を受けたらひとたまりもありません」

「構わん生還を期せずだ。直ちに接近せよ」




「日本艦隊接近」


 霧が晴れたためバルチック艦隊旗艦スワロフでも第三艦隊の姿はハッキリと見えた。


「旧式の艦艇ばかりです機帆船まで含まれています」

「偵察用の艦隊でしょう。主力艦隊に情報を送っているはずです。けちらしましょうか?」

「……放っておけ」


 幕僚の意見を跳ね除けてロジェストヴェンスキーは、第三艦隊を無視して進むことにした。

 相手は旧式艦とはいえ攻撃するためには艦隊を分散させなければならない。

 攻撃後の再集結と陣形の再編成に時間を取られることは避けたかった。

 対馬海峡という日本海軍が待ち伏せているであろう海域で時間を浪費することは避けたかった。

 かくして戦闘は起きず、第三艦隊とバルチック艦隊の並走が続くことになる。




「敵艦隊は撃ってきませんね」


 接触から一時間以上並走していたがバルチック艦隊からの攻撃はなかった。


「我々は打ち払うほどの戦力でもないということか。よく観察できますが」

「情報が足りない。まだまだ不十分だ」


 片岡は不満だった。一時間以上観察しているが誤差が大きいように感じる。もっと正確に敵の情報特に進路と敵艦隊の状態を確認したかった。


「よしもっとで簡単に接近して観察する」

「長官! それでは敵に撃たれてしまいます」

「むしろ撃たせろ。撃ってくれば敵の射撃能力がどれくらいか見れるではないか」


 敵が発砲すれば射程距離、発砲間隔、射撃精度を観測できる。


「それでこそ任務が達成できる」

「そ……そんな……」


 片岡の意見に参謀長は愕然とした。

 敵に撃たれるということであり自身に危険が及ぶ。

 だが、片岡は本気だった。


「つべこべ抜かすな! 情報収集こそ我が艦隊の任務だ。命に代えてもバルチック艦隊の情報を集めろ! 命令だ! やれ!」

「……了解しました。面舵」


 第三艦隊はバルチック艦隊にさらに接近した。


「敵戦艦アリョールまで距離七〇〇〇」


 敵の射程内だったが敵艦の様子もよく見えた。

 片岡は双眼鏡でロシア戦艦の状態を見る。


「やはり長い航海の後がはっきりとわかるな。喫水線を超えて牡蠣が張り付いている。船底はもっとひどいだろうな。あれでは最大戦速は出せないだろう。船体各所も潮風のせいでサビが浮いている。戦時下でなければ即ドック入りだな」

「まさかバルチック艦隊があんな酷い状態とは」


 日本海軍の艦艇は旅順戦以降ドック入りして整備をしていた。そのため新品同様に綺麗になっており性能も存分に発揮できた。


「やはりバルチック艦隊といえども地球半周の遠洋航海は無理があるようだ。多少勝機は見えてきたな」


 艦隊は海という自然を相手にする。自然は容赦なく、文明の利器である船に襲いかかり、傷つけていく。

 こまめな点検整備が船には欠かせない。

 それが出来ない船は性能が発揮できない。

 敵が能力を発揮できないとなれば連合艦隊が多少は有利だ。


「このことをすぐに東郷長官に報告」

「はい」

「敵戦艦アリョールまでの距離六〇〇〇。あっ、敵発砲! 本艦に向けて撃ってきております!」


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