第三艦隊司令長官 片岡七郎
「信濃丸からバルチック艦隊発見の報告が入った! これより第三艦隊は全力をもってバルチック艦隊と接触連合艦隊主力に情報を伝達する! 第三艦隊全艦出撃!」
対馬の中央部、竹敷に停泊する第三艦隊旗艦の艦内に第三艦隊司令長官片岡七郎中将の声が響いた。
彼らの任務はその保有戦力を持ってバルチック艦隊と接触連合艦隊主力に情報を伝達することだ。
しかしその任務は非常に困難だった。主力艦、最新鋭艦のほとんどが主力である第一艦隊及び第二艦隊に配備されたため第三艦隊に配備されたのはほとんどが日清戦争前後の老朽艦ばかりだった。
技術発展が激しい二〇世紀初頭において一〇年も前の軍艦は性能が著しく低かった。
一例を挙げれば第三艦隊主力である第五戦隊には日清戦争で活躍した三景艦と日清戦争で鹵獲した戦艦鎮遠。
第六戦隊は性能の低い三等巡洋艦四隻で編成され、第七戦隊に至っては旧式艦の寄せ集めだった。
他に水雷艇隊と挑発された商船からなる特務艦隊が指揮下に置かれていた。
旗艦からしてフランスの技術で作られ、英国製の大砲が無ければ役に立たない三景艦の一隻厳島だ。
雑多の寄せ集めのため滑稽艦隊おんぼろ艦隊と呼ばれていた。
正面から戦ってもバルチック艦隊には勝てない戦力だ。
第三艦隊に与えられた任務は偵察と情報収集そして誘導。
だがその任務でさえ第三艦隊には荷が重かった。
しかし司令長官である片山は完璧に任務を遂行することを誓っていた。
例え第三艦隊が全滅するとしても。
「旅順戦の雪辱じゃ」
片山七郎は海軍創設期に入隊した熟練の海軍士官だった。
薩摩出身で海軍兵学寮第二期入学、山本権兵衛海軍大臣と上村彦之丞第二艦隊司令長官とは同期である。
語学の達人で皇族の海外留学に随行したため卒業が遅れてしまったほどだ。
多少卒業が遅れたが学識の豊かさから海軍内で順調に昇進。
現在第三艦隊が停泊している対馬竹敷要港部を戦争前に設置しロシアの最前線基地を構築。
呉鎮守府長官を務めた後、第三艦隊司令長官を拝命し日露戦争に参戦した。
ロシア艦隊に対して戦闘を行うのが第一艦隊及び第二艦隊なら第三艦隊はその支援、雑用係だった。
開戦直後より朝鮮半島の警備警戒さらに陸軍の上陸支援など第三艦隊は裏方として活躍した。
片岡の経歴からすれば役不足とも言える任務だったが支援がいなければ戦争はできない。
海軍に精通した人間でなければ的確な支援はできない。
能力の劣る老朽艦を使って行うとなればなおのことだ。
片岡はその能力をフルに活かし第三艦隊を十二分に使った。
第一艦隊と第二艦隊が主力である事を理解しており、せっかく配備された最新鋭艦、日進、春日を連合艦隊強化のため取り上げられた時も、冷静にむしろ進んで差し出した。
「上村長官なら激怒して喧嘩になっていた」
と周囲が言うほど酷い仕打ちだったが日本が勝つためと片山は受け入れ我慢した。
しかしそれでも完璧では行かなかった。
旅順攻囲戦の最中、第三艦隊は支援として旅順の封鎖に参加した。同時にロシア軍が敷設した機雷の処理なども行なってきた。
だが第三艦隊が機雷を紹介した海域で味方艦が機雷に接触する被害が相次いだ。
結果、黄海海戦の時連合艦隊は戦力不足に陥った。
片岡はそのことに対して自責の念を抱いていた。
雪辱を果たすにはバルチック艦隊の迎撃の時、東郷司令長官が決戦に集中できるよう、他の雑事は全て、例え日本海をドブさらいをしてでも達成すると片岡は決め出撃していった。
「長官、水雷艇はどうしますか? この 波浪では何隻か失われる可能性が」
貧乏国の日本は艦艇数を揃えるために水雷艇を大量配備しており第三艦隊に配置されていた。
当時の水雷艇は敵の戦艦に魚雷を打ち込むためという目的だけに特化している。
小型の船体のため波の荒い外洋では上甲板はもちろん指揮官の腰まで波が来てしまう。
船体は隠れ煙突だけが波間から時折見えるだけ。乗員は服装が汚れ食事が粗末な上、トイレさえないことから海軍内部から乞食商売と蔑まれていた。
それほどまでに小さい、わずか300トンほどの小型艇では荒い波に飲み込まれる可能性があった。
「気の毒だが連れて行く。我々も生還を期していない」
数少ない戦力であるため連れていかざるを得なかった。彼らは片岡の命令に従い、荒い外洋を必死に艦隊についていった。
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