第三艦隊の任務
見張りが叫んだ直後、砲弾が第三艦隊旗艦厳島の左舷に着弾し水柱を立てた。
幸い命中弾は無かったが、降り注ぐ海水の滴が厳島の甲板が濡れる。
「取舵一杯! 敵の射程外へ!」
「まて! 離れるな! 敵の観測はできない!」
「長官無茶がすぎます! 第三艦隊を敵の標的にするつもりですか!」
「やかましい! 被弾すれば敵の砲弾の破壊力が判明する!」
「そんな無茶な!」
「何が無茶か! 参謀長! わしの命令を頭に刻みつけておけ! こんなオンボロ艦隊など沈んでも構わん!」
普段冷静な片岡が熱を持った声で断言した。
「我々の任務は情報収集と敵艦隊の誘導だ! 敵の正確な情報を東郷さんに伝え、連合艦隊の前にバルチック艦隊を引きずり出さなければならない! これは死んでも、たとえ艦隊が全滅しようとやり遂げなければならない! できなかったら連合艦隊の敗北、日本の敗北となる!」
片岡の言葉は激烈だったが、誇張ではなかった。
自分に与えられた任務を理解し、重大性を認識しているからこそ、説得力を持って言えるのだ。
片岡の気迫の前に参謀長は怯んだ。
「それが分からないのであれば今すぐやめてしまえ!」
「……申し訳ありません! 本官が間違っておりました」
参謀長は、片岡の言葉に共感し頭を下げ謝罪した。
「これより任務遂行のために全てを捧げましょう」
「よし、それでこそ帝国軍人だ。ならば情報収集をさらに精度の高い情報を集める」
「と言いますと」
「敵艦隊の進路を確定するため敵の前面を横切り観測する。機関全速、面舵一杯!」
「敵艦隊の前面に出たら我が艦隊は全滅します!」
「了解しました! 機関全速、面舵一杯!」
「さ、参謀長!」
撤回を進言した幕僚の言葉を遮って参謀長が改めて命じた。
「参謀長、我が艦隊を全滅させる気ですか」
「任務遂行に必要ならばな。長官のおっしゃる通りバルチック艦隊の情報は死んでも艦隊が全滅してもえなければならない。できなければ連合艦隊は勝てない日本は敗北する。だが見事任務を達成すれば連合艦隊は勝利し日本は生き残れる。日本が栄えることができると言うのであれば喜んで捨て石になろう。帝国軍人の生き様を見せつけてやるぞ」
第三艦隊は命令通りバルチック艦隊の前面へ進出した。
「あのオンボロ艦隊が我が艦隊の前面へ進出しております」
スワロフの見張りが第三艦隊の動きを報告した。
「なぜ前に出てくるんだ。的になりたいのか。猿共の考え方は理解できん」
理由が分からず幕僚達は嘲笑う。
しかしロジェストヴェンスキーは、あることを思い出した。
「まさか連中は我々の進路上に機雷を敷設しているのではないか」
「確かに旅順艦隊からの報告でそのような戦術をとったことがあると」
「緊急回避! 全艦面舵一杯!」
機雷を恐れて、損傷し速力が落ちることを避けるべく、ロジェストヴェンスキーは回避を命じた。
ロシア海軍は世界でも早くから機雷を使用した海軍の一つであり、多用していた。
そのため、機雷の威力も、恐ろしさも良く知っていた。
だが一部の艦艇は違った。
「行く手を阻むとは、小賢しいぞ黄色い猿ども! 吹き飛ばしてやる! 全艦取舵! 一斉回頭! 砲撃準備!」
違う命令が飛び交いロシア艦隊は混乱した。
「ええい馬鹿艦長共め、禄に操艦ももできなくなったか!」
自分の艦隊が混乱する様子を見てロジェストヴェンスキーは怒声をあげた。
「バルチック艦隊に動きがあります。複縦陣に変えようとしているのでしょうか」
「いやあれは混乱しているのだ長期の航海はロシア艦隊でさえ練度を低下させるのか」
ロシア艦隊の動きに、乱れる艦隊行動にさすがの片岡も驚きと呆れの声をあげた。
「長官まもなく主力との合流予定海域に到達します」
午後一時過ぎ合流予定の海域に第三艦隊は到達した。
「予定では北西の方角から来る予定なのですが」
連合艦隊が停泊する鎮海湾の方角を見て参謀長がつぶやいた。
煙が見えず艦隊が接近してくる様子はない。
「北東の方角に多数の煙を確認!」
「敵艦か!」
予想外の方角から接近していくる艦隊を知らせるの報告に艦橋に動揺が走る。
ロシア艦隊の別働隊が接近しているのか、と思い挟撃される恐れに怯えた。
「マストに旭日旗を確認! 三笠です! 敷島がいます! 連合艦隊の主力です!」
「さすが東郷さんだ。早く進みすぎて東に行き過ぎたか」
「長官! 連合艦隊司令部より入電です! 読みます!
発 連合艦隊司令部
宛 第三艦隊司令部
本文
貴官等の捜索、敵情報告に感謝す。貴官らはよくその能力を高度に発揮せられたり。後は我々に任せられたし
以上!」
「了解! 直ちに返電せよ! 連合艦隊の武運をお祈り申し上げる、大日本帝国万歳! 以上!」
「はい!」
明治三八年五月二七日午後一時三〇分
世紀の海戦。
日本海海戦の幕が開けようとしていた。
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