間接砲撃

 鯉之助は皇海が再び右舷に旅順港が収まるように命じた。

 旅順港が見えるのは外港のみで、内港と市街地、海軍工廠などは半島に遮られているため見る事は出来ない。

 そして皇海は旅順の砲台から離れた沖合、敵の砲台の射程外を航行している。

 通常なら艦砲も砲台へは届かない。

 まして砲台が守る内港や市街地へ砲弾が届くことなどない。

 通常ならば。


「これより間接砲撃で旅順港内へ砲撃を行う。航海長、現在位置を計測し旅順港までの方位、距離を砲術長に伝え! 同時に艦の現在速度、針路を維持」

「了解!」


 命令通りに航海長は現在位置を算出すると旅順港までの距離と方位を砲術長である金田大尉に伝える。


「見えない目標に砲撃するとは」


 多少戸惑いながらも、金田秀太郎海軍大尉は指示通りの方位と距離で射撃データを出し、砲撃準備を整えた。

 あとは砲撃命令を待つだけだった。


「準備完了」


 言われた通りの事をするだけだが、言えない敵に向かって撃つというのは当てている実感がなくて戸惑う。無駄打ちではないかという疑念もある。

 しかし、伊庭の叔父も信頼する鯉之助の事だから大丈夫だろうと金田は思って従った。

 そして鯉之助は全く迷いがなかった。


「撃て!」


 鯉之助は砲撃命令を下し、金田に発砲させた。

 仰角を増した砲身から放たれた砲弾は、外港と旅順の砲台の真上を通過し、大落下角度を取って、旅順の内港、付属する海軍工廠のドック着弾した。

 皇海の一二インチ四〇口径砲はこの時代の標準的な艦載砲だ。

 同じ大砲を搭載する三笠の竣工時の最大射程は一三七〇〇メートル。

 だがこれは仰角が一五度しかないためだ。

 しかし仰角を引き上げれば更に射程が延長できる。

 最大仰角四五度ならば一二インチ砲は二万メートルを超す射程を持つ。

 陸上砲台の射程外から砲撃するために仰角を引き上げるよう、鯉之助が皇海建造時に計画段階から口を酸っぱく言って実行させた甲斐があったというものだ。

 遠距離だと命中率が下がるという意見も合ったが、統一射撃、斉射による弾着修正という最新理論で命中率は確保できると主張した。

 出来たばかりで真贋定かではない新理論に明日香を始め疑問を持つ者が多かったが、皇海の公試――完成した艦の性能試験の時、二万メートルの遠距離から命中弾を叩き出した成果を見せて鯉之助は正しさを証明し、反対派を黙らせた。

 さすがの明日香もこの成果を認めざるをえず、珍しく褒めてきた時は鯉之助も気持ちよかった。

 そして、水上艦からの陸上への間接砲撃の技術も完成させ、今旅順港へ砲撃を浴びせていた。


「命中確認!」


 着弾点から弾着から遅れて黒い煙が上がった。

 砲弾の着弾による煙とは明らかに違う黒々とした煙だった。


「効いているな」


 二万メートル先で上がる黒煙を見て鯉之助は満足した。

 旅順は、二つの半島で湾と外洋を遮られた港であり、要塞は敵艦隊の攻撃を防ぎ、味方艦隊を守るのが使命だ。

 もし一九世紀の内なら、外洋から旅順を攻撃する手段がないので要塞は役目を果たせただろう。

 しかし二〇世紀に入った今、技術の革新は日進月歩であり、それまでの常識がたった一年で新たな技術によって打ち破られる事も珍しくない。

 旅順への砲撃はその一つだった。

 旅順の港と街と中にいる艦隊を守る半島と砲台は、皇海の艦砲を防ぐ事は最早出来なかった。


「計画に従い砲撃を続行せよ」

「了解」


 鯉之助の命令で皇海は砲撃を続行した。

 手に入れた地図を元に重要拠点を割り出し、その座標に向かって五射ずつ、砲弾を撃ち込むという砲撃方法だった。

 半島に遮られて着弾地点を観測できないためやむをえない方法だった。

 中には、目標より大きく外れた砲弾もあったが仕方なかった。

 だが、威力は抜群だった。

 陸上の重砲より大きな一二インチ砲の破壊力は凄まじく。地面に巨大なクレーターを生み出した。

 下瀬火薬の効果もあり、周囲は激しく炎上していく。

 攻撃目標の選定も適切だった。

 旅順駅、海軍工廠、ドック、貯炭施設など軍の重要な場所へ打撃を与えていく。


「良いぞ」


 何らかの被害を与えた時起きる黒煙が立ち上るのを見て鯉之助は喜びの言葉を上げる。

 あとは、砲撃を続けるだけだったが、一つだけ弱点があった。

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