アウトレンジ

 ロシア艦隊の反撃はないと判断していたため鯉之助は敵艦隊に近寄るように皇海に距離を詰めさせていた。

 しかし反撃を受けたため敵艦の砲弾が届かない距離への移動を命じたのだ。

 すぐさま一万四〇〇〇まで距離を取ると再びロシア艦隊に平行するように航行する。

 砲身は角度を増して空を睨み砲弾を放った。

 再びロシア艦隊の周辺に皇海から放たれた砲弾が落ちる。

 だが、今度はロシア艦隊の反撃はない。一部の艦が砲弾を放つが、全て皇海の手前で落ちてしまう。

 同じ一二インチ砲でもこれほど差が出ているのは仰角――砲を上に向けられる角度がロシア艦隊は一五度までしてとれないのに対して皇海は四五度まで上げられるからだ。

 一九〇四年当時は水平射撃が主で、水平より少し仰角を付けられる範囲で良かった。

 仰角を増して射距離を上げられる事は知られていた。

 だが仰角を増して放たれた砲弾は放物線を描くため狙いが付けにくく命中率が低下――弾を遠くまで撃てるが当たらない大砲となってしまう。

 そのため各国の海軍は仰角を上げる事――射程の延長に熱心ではなかった。

 だが、鯉之助は砲術長指揮の下、斉射による一斉射撃、敵艦周辺に落ちる弾着の観測と修正により命中率を上げる方式――斉射もしくは統一射撃方を提唱した。

 この斉射を既存艦で採用した結果一万メートルを超える遠距離射撃が可能、少なくとも有効弾を与えられるほど命中率が上がった。

 事実、敵の戦艦ペトロハプロフスクの周辺に水柱が林立し命中弾がいくつかあった。

 帝国海軍でも驚きと喜び――劣勢な戦力でロシアと戦う事を求められていた中、既存艦の改修とシステムの改新のみの低予算で戦力向上がなされることが歓迎され、三笠を初めとする主力艦に仰角増しの改造が施された。

 そして、斉射は発射弾数が多い程、正確なデータが得られるため、同一大口径砲を多数搭載した戦艦――初めから斉射を前提とした戦艦として皇海は建造された。


「よし」


 目の前で上がる成果を見て鯉之助は満足だった。

 ドレッドノートの元になるアイディアを抱いていたイタリアの造船官クニベルティ造船中将。彼を英国地中海艦隊司令長官フィッシャー提督に引き合わせて、そのアイディアを聞かせフィッシャーが単身帰国してしまうほど焚き付けて新戦艦の建造を成立させた甲斐があった。

 勿論、海援隊の支援もあったし、日英同盟という外交的背景もあったが、最新のタービン機関を搭載し従来の倍の手法を搭載する画期的いや革命的戦艦として建造されたドレッドノートを買い取り、実戦配備し、こうして実戦で戦果を上げることが出来るのは喜び以外の何者のでも無かった。

 英国で部品を作らせ国内で組み立てて建造した二番艦白根も間に合った事も嬉しい。

 その白根も皇海の後方で砲撃を行っている。


「一部の敵艦が、向かってきます」


 遠ざかる皇海に立ち向かおうとする敵艦きていた。


「迎撃する。向かってくる敵艦に照準を合わせろ」


 命令はすぐに伝わり、接近してくる巡洋艦らしき敵に金田大尉は照準を合わせ発砲した。

 さすがに初弾命中はなかったが、第二射、第三射と続けると水柱は敵艦に近づいていく。

 そして第四射で遂に命中弾があった。

 たった一発だったが、天空から落ちてきた一二インチ砲弾は巡洋艦の甲板に触れた瞬間、伊集院信管が作動し砲弾に充填されていた下瀬爆薬を爆発させた。

 爆発の威力は凄まじく、甲板を吹き飛ばし、火災を起こした。

 そこへ第五射の一発が命中し、弾薬庫の壁を破壊し内部の砲弾を誘爆させた

 内部から破壊された巡洋艦は脆く、巨大な火柱を上げて轟沈した。


「よし」


 その光景を見た鯉之助は満足した。


「残りの敵艦、反転。撤退していきます」

「本艦を恐れたかな」

「連合艦隊主力が到着したことも大きいでしょう」


 南の方角を見ると、連合艦隊の主力が黒煙を上げて接近してきていた。

 戦艦二隻ならまだしも、連合艦隊の主力戦艦六隻、装甲巡洋艦六隻相手では、勝負にならない。刺し違えることさえ出来ないだろう。

 だから撤退するのは間違いではなかった。


「残存艦を撃破する。照準を太平洋艦隊主力へ切り替えろ」

「敵艦隊、逃走に入ります。内港へ向かっています」


 だが、その前にロシア太平洋艦隊は逃げの一手を打った。

 アウトレンジ――自分の大砲の射程外から砲弾を浴びせてくる敵艦を前にしては勝利はない。

 奇襲を受けて魚雷を受けて浸水、傾斜し、反撃できず、多数の砲弾が浴びせられる中でロシア艦隊に出来ることは旅順に逃げ込むことだけだった。

 だが旅順内港への入り口は狭く、航路は一隻しか通れない。


「港口へ照準を合わせろ」


 鯉之助の命令で港口に照準を定めた皇海はさらに砲撃を重ね命中弾を発生させる。。

 航行した駆逐艦の一隻などは主砲が直撃し跡形もなく吹き飛んだ。

 それでもロシア艦隊は満身創痍になりながら逃げていくしか無かった。

 鯉之助から砲撃中止が命令されたのは、全てのロシア艦隊が旅順港に逃げ込んだ後だった。


「追撃しますか?」

「いや、これ以上接近したら旅順の砲台から砲撃を受ける」


 参謀長である沙織の提案を鯉之助は却下した。

 艦艇と陸上砲台では沈まない分、陸上砲台の砲が有利だ。

 だから陸上砲台との戦闘など悪夢だ。


「では離脱しますか?」

「いや、隊列を組み直し、反転。旅順港内へ砲撃を行う」

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