ホップマン報告書2

 マカロフ提督は出撃直後、日本軍が配備した潜水艇、それも僅か一六才の少尉に任官したばかりの若者が指揮する二〇トンにも満たない小型艇によって旗艦ペトロハブロフクスが雷撃され、撃沈。急速に横転しマカロフ提督も戦死した。

 ロシア側の潜水艇も日本軍を攻撃し一矢報いたが、潜水艇を喪失したり故障したりでそれ以上の行動はとれなかった。

 以後はアレクセーエフ総督が直接指揮を執ったが、まもなく遼東半島に日本軍が上陸してくると本国との連絡が取れなくなるという理由で、旅順を離れていった。

 後任のウィットゲフト少将は消極的で、艦艇はほとんど旅順港内に止まっており、出撃して日本軍の輸送路を破壊するどころか、港外を封鎖する日本海軍へ戦闘を仕掛けようともしない。

 目の前の大連に入港する輸送船を襲撃することさえしようとしない。

 日本海軍が目を光らせる旅順沖を突破することが至難である事は致し方なかった。

 だが、それでも旅順沖への出撃を繰り返し監視する日本海軍艦船への攻撃を行った。

 それでも閉塞感は拭えず徐々に不安は増していった。しかし、まだ国力の優勢なロシアが勝つと私は考えていた。

 鴨緑江渡河作戦後、バルチック艦隊の極東回航が発表されており、日本海軍に倍する戦力がこの極東に集結することになるからだ。

 だが、その幻想はすぐに破られた。


 その日、私は夜間の日本海軍の行動を視察するために深夜遅く、砲台の一つに向かった。

 海は霧で覆われており、日本海軍の艦艇は見えなかった。

 しかし、やがて一隻の貨物船が現れた。

 なぜ現れたのか分からなかったが、すぐに後から複数隻の貨物船が現れた。

 彼らが数週間前に行った閉塞作戦を再び行おうとしていることに私はようやく気がついた。

 目の前に現れた貨物船に砲台は一時混乱したがやがて、現れた貨物船に向かって砲撃を開始した。

 探照灯に照らされる中、多数の砲弾が貨物船に向かうが、貨物船はひるまない。

 何発か喫水線に被弾して速力をようやく落とし、進路を外れた。

 だが、後から何隻もの貨物船が次々と向かっていく。

 すでに霧は晴れており、前方の味方がどうなったか理解しているにもかかわらず彼らは前に進むのをやめない。

 結局、彼らは閉塞作戦に失敗した。

 十隻近い商船がやってきたが、目標の水路に達したのは二、三隻のみ。

 それでも航路を狭めることはできても塞ぐことはできなかった。

 あの霧の中、正確に港口に向かうことができたことに驚いたが、後の調査で電波標識を使った誘導方法を使ったことが判明した。

 欧米にもない装置であり、未開の遅れた国と日本を見るのは危険だと私に教えた。

 だが、私の驚きはそれで終わらなかった。

 戦闘が終わった後の処理で捕虜の移送と取り調べが行われ、私はその一人との面会が許された。

 私は彼に何故、危険な任務に志願したのか、強制ではなかったのか聞いた。

「バルチック艦隊が来るまでに旅順艦隊を撃滅あるいは無力化できなければ我々の負けです。出撃してこない旅順艦隊をいち早く無力化するには閉塞作戦しかありませんでした。皆、そのことは理解し、海軍中が応援していました。中には全乗組員が志願した艦もありましたし血書でしたたためる者までいます」

 明朗な回答に私は驚いた。

 そして血書というのが自分の血で書き上げられた志願書であり、自分の意思を強く表すことに使われると聞いて驚いた。

 私は彼の勇敢さに感心し、何かできることはないか尋ねた。


「できれば家族に手紙を送りたいのですが。捕虜となってしまいましたが生きていると伝えてもらいたいのです」


 私は了承し、彼に紙と鉛筆を渡した。

 残念ながら戦時下であり、検閲の後に赤十字を通じて送られると伝えると彼は納得し私に手紙を渡してきた。

 そして、彼の所属と階級を改めて確認して私は最大の驚きを受けた。

 彼の階級は水兵だったのだ。

 志願兵だったが、これだけ読み書きができて頭脳明晰で愛国心に燃える水兵はドイツ帝国海軍にいるかどうか疑問だった。

 そして躊躇無く危険な任務に志願するなど、それも十隻の閉塞船に乗り組むだけの人数、それも彼のように任務を理解し率先して行動する水兵が、他にも大勢いるというのだ。

 そのような熱狂的な水兵を多数抱え積極果敢な日本海軍に対して、消極的で劣勢に立たされるロシア海軍は勝てるのだろうか。

 私は初めてロシア海軍への疑問を抱き、ロシアの勝利に疑問を持ち始めた。

 そして、その後始まる旅順攻略戦でロシアの敗北は私の中で確固たる確信となっていった。

 その後も、何度かロシア海軍は出て行ったが、いずれも巡洋艦か駆逐艦ばかりで、戦艦が出撃することはまれだった。

 常に日本海軍の戦艦が沖合を航行し旅順港へ砲撃を行っていたため、砲火の中を進撃していくのは危険だった。

 日本軍は確実に勝利に向かって進んでいた。

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