第二回閉塞作戦

「で、どうして実行したんだ」


 第二回閉塞作戦終了後になって初めて決行を知らされた鯉之助は秋山に尋ねた。


「他に旅順艦隊を塞ぐための方法がなかったからだ。第二軍への補給を行う船団への攻撃を封じるために確実に仕留めておきたかった」

「だからといって一二隻も貨物船を使うか? 前回は奇襲でなんとかなったが、敵は警戒しているぞ」

「だから十二隻に増やした」

「老朽船で何が出来る」


 さすがにタービン機関を搭載した最新型を投入できず、用意できた閉塞船は通常のレシプロ機関のため鈍足、しかも建造されてから十五年以上もする老朽船。

 戦争がなければ即時解体されていたぼろ船ばかりだ。

 速度は出せずのろのろと進むだけであり、目的地に到達する前に撃沈されるのは目に見えている。


「それでも上手くいくと判断した」

「けど、上手くいかなかっただろうが」


 敵に発見されにくい嵐の中を電波誘導で航行させていたが、途中で隊列が乱れて四分五裂となってしまった。

 一部は沿岸までたどり着いたが旅順の沿岸砲台から砲撃の雨あられだった。

 各船はそれでも突進を続けた。だが被弾し針路を維持できず、予定のコースからそれていった。

 無事に予定通りの位置にたどり着けた船はおらず、結局すべて違う場所に沈んで仕舞った。


「実行する必要は無かっただろう」

「全海軍を上げての作戦だ。作戦参加の希望者が大勢いて断ることは出来なかった」


 第一回の閉塞作戦は半分しか成功しなかったものの大々的に喧伝された。

 それを知った将兵は二回目の作戦に参加したいと希望を出し、中には血書で熱望をしたためた者や全乗組員が志願した艦さえあった。


「これでは断り切れない」

「無意味に沈んだ一二隻の貨物船の方が勿体ない」


 鈍足の老朽船とはいえ、数千トンクラスの船だ。

 戦争で大陸へ展開している陸軍へ大量の軍需物資を運ぶ必要がある時期であり古くても船は一隻でも欲しい。

 まして、大陸と日本の間には海があり、海を越えるためには船が一隻でも多く必要だ。

 それをいたずらに沈められては輸送計画に支障が出るし物不足になりかねない。


「他の方法もないだろう」

「艦艇で日々攻撃しているだろうが」


 秋山に鯉之助は言った。

 皇海をはじめとする各艦が砲台の射程外から旅順内部へ砲撃を行っている。


「効果があるか分からん」


 開戦前の改装で主砲の仰角を四五度まで引き上げたおかげで出来る遠距離砲撃だった。だが、観測点がないため、旅順に潜んだロシア艦隊に打撃を与えられたかどうか判断できない。


「そもそも艦隊を封印あるいは撃滅しなければ制海権を完全に掌握出来ない」


 ロシア太平洋艦隊の動向を把握できないため、連合艦隊は旅順から離れることが出来ない。

 やがてやってくるであろうバルチック艦隊と挟撃される恐れさえ出てくる。

 その前にロシア太平洋艦隊――旅順艦隊を完全に出撃できない状態にしたかった。


「第二軍も上陸したんだ。補給港は大連で多数の船団が入ってくる。補給路を確保するためにも、旅順艦隊を完全に封じる必要がある」

「マカロフ提督が戦死しても士気旺盛だからな」


 戦艦の出撃こそ無かったが、巡洋艦や駆逐艦が出て行き封鎖監視の艦艇と小競り合いを行っている。

 時にロシア軍は艦砲射撃を行う日本艦隊のコースに機雷敷設を行うので油断ならない。


「それにバルチック艦隊の回航が発表された。早ければ三ヶ月でやってきてしまう。何としてもその前に旅順艦隊を撃滅しなければ」


 史実では五月に発表されるバルチック艦隊の派遣が四月中に行われた。

 開戦してから遅い発表だったが史実を知る鯉之助には、早いと思われた。

 実際、秋山をはじめ連合艦隊及び海軍の中では、三ヶ月後に来襲するという悲観的な予測に基づいた焦燥感が募っている。

 命のやりとりをする戦場において預かる部下の生命を守るため、最悪を想定することは軍人としては正しいことだ。

 だが、悲観的な予測が頭の中を占領してしまい考える余裕が無くなっている。


「陸軍に旅順の早期攻略攻略を要請するしかないな」


 もとより旅順戦は予定にあったが早くする必要があると鯉之助は考え早速実行する事にした。

 だが、その前に既に海軍側で進んでおり、鯉之助が想像する以上に速く行われ、予想外の結果となっていた。

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