ホップマン報告書1
私ホップマンが青島に赴任したのは、海軍入隊前、少年時代からの願いである世界の珍しい物を自分の目で見るためだった。
当時カイザーの方針に従い、ドイツ帝国が世界に進出するため海軍の大増強が行われており、英仏に遅れまいと植民地を獲得しようとしていた。
そんな中、ティルピッツ提督が青島に近い膠州湾が艦隊の泊地として最適だと報告し注目を集めていた。
青島の買収交渉は難航したが、ドイツ国籍の宣教師が青島で殺害された事件をきっかけに青島在住のドイツ人を保護するため軍隊を派遣。その後締結した条約により清から租借された山東半島を植民地とし青島を東洋艦隊の根拠地として建設していた。
カイザーが植民地獲得に熱心なため、軍隊内の昇進条件として海外駐留経験が含まれており、私は昇進のためにも少佐の時、当時軍令部から東洋艦隊へ志願した。
それまでロシア語が堪能でロシア畑にいたが、ドイツの植民地でロシアが近く規模も大きいのは東洋艦隊だけだったのでこの判断は妥当だと自分では考えていた。
青島に着任して早々、日露戦争が始まった。
開戦初頭は日本軍の奇襲によりロシア太平洋艦隊が壊滅したが、まぐれという見方が大半であり、やがてやってくるバルチック艦隊に撃滅されると私も同僚も思っていた。
そのためロシア太平洋艦隊への観戦を命じられたときは、巡ってきた幸運と思ったものだ。
逆に日本海軍に観戦を命じられた同僚、開戦後の連絡調整の為に青島を訪れていた駐日本駐在武官のトルムラー少佐を同情の目で見ていた。
ただ同盟を結んだイギリス海軍が密かに日本海軍に手を貸しており、彼らの秘密兵器を日本軍が用いているという噂があった。
本国で大艦隊が建造され、イギリスとの建艦競争が進んでいる最中のことであり、イギリス軍の新兵器が見られるのではないか、という観点から日本海軍への観戦も必要だと考えていた。
だが、日本海軍はアジアの海軍であり見劣りする二流海軍であると当時の私は思っており自ら向かおうとは思わなかった。
そのため、この決断を私は今深く後悔している。
日本海軍の封鎖により旅順への海路での進出は不可能だったため、私は北京から山海関、営口を汽車経由する陸路でへ向かった。
到着して早速、戦況を把握しようとしたが駅に着く前に理解できてしまった。
私の乗った列車が遅れていたが、最初その理由は弾薬列車の爆発事故による線路寸断とその復旧が遅れているということだった。
だが、すぐに本当の理由が日本海軍と日本版東インド会社――海援隊による艦砲射撃で受けた損害の復旧の為だと聞いた。
沿岸砲台に守られた要塞の奥にある駅を、遙か洋上彼方から砲撃するなど不可能だと考えていた。
しかし、事実だった。
一日遅れで旅順の駅に着いたとき、まだ復旧していない箇所、巨大な着弾痕――陸軍の野戦砲より遙かに大きな艦砲クラスの一二インチ砲弾が炸裂した跡が列車から駅の構内にあるのが見えたからだ。
偶然とも思ったが、駅に降り立ち、崩れかかった駅舎を出たとき事実である事を私に突きつけた。
旅順の駅は旅順市街にあり目の前には旅順湾がある。
そこに損傷したロシア太平洋艦隊の艦艇が停泊していた。そして大半の艦艇が損傷を受けていた。
特に戦艦はひどく、湾の奥、干潮になると陸に上がってしまう場所で、着底し破口を露出させそこに群がった工員達による修理を受けていた。
艦船用のドックが一つしかなく、修理が必要な艦艇が多いため、そうやって何隻も浜辺に打ち上げなければ修理できないからだ。
そして港までの間の市街地は市街地の軍事施設を狙った艦砲射撃で酷く破壊されていた。
しかし、その自信は旅順での日々を過ごす内に徐々に打ち消されていく。
その夜から、旅順内に砲弾が撃ち込まれてきた。
爆発事故かと思ったが正体は日本艦隊二〇キロの遠距離射撃だった。
当時の海戦は大砲に取り付き、相手を照準器に収めて撃つ砲側直接照準が基本であり、砲弾は水平に飛んで目標に命中させる。
水平に撃つため近距離しか撃てないが、命中率はよい。
これに対して仰角をあげる――砲身を上に向け、遠くへボールを放り投げるように撃つ、遠距離射撃は命中率が低く実用的ではないと判断されていた。
だが日本軍はあえてこの大仰角の遠距離射撃を行った。
海戦には無理だが、動かない陸上目標へは十分だと日本海軍は考えていたようだ。
実際、砲台の射程外から砲撃されるため、ロシア軍に反撃の能力は無かった。
開戦前から作られていた対一四インチ防御掩体壕――防御力重視で大砲などの攻撃力は一切無いが、絶対の防御を誇る地下壕だ。
ゲオルギー殿下の命令で建設が行われ、開戦前に完成した。
あまりにも防御重視でアレクセーエフの後任として極東総督に就任したとき、日本に攻められた時、逃げ込む為に建設させたと言う噂が出ていた。
口さがない連中はもっと露骨にゲオルギー殿下の洞穴と呼び地下で日当たりが悪く湿ったこの施設に入る事を毛嫌いしていた。
だが、日本艦隊の艦砲射撃を陸上砲台の射程外から受けるようになった今は、いかにしてこの掩体壕へ入るかが、ロシア軍将兵の最大の関心事となった。
観戦武官の私は入れられたが、従卒として入れさせてくれと嘆願する兵士が視察中も多かったのを覚えいる。
だが、それでもまだ状況はロシア優勢と考えられていた。
旅順は封鎖され、朝鮮半島を奪われてもロシアにはバルチック艦隊がいるし陸軍兵力も日本より勝っている。
旅順のロシア軍は勇敢だった。
度々、湾外へ出撃し日本海軍を追い払おうとした。
マカロフ提督は積極的に出撃していたが、それが仇になった。
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