工作艦 明石

「結構酷いことになっていますね」


 泊地に到着すると被弾した綾波に平賀造船大技士は早速乗り込み、被弾箇所を点検する。

 被弾箇所は艦橋部と煙突、それに後部の三番砲塔が使用不能だった。

 船体の一部にも被弾痕が出来ている。


「修理できるか?」


 一緒に乗り込んだ鯉之助は尋ねた。


「可能です。工廠ならこの程度の損傷は簡単です」


 明治日本は早くから艦艇修理用のドックを保有しており、極東一、いやアジアでも有数の修理能力を持っている。

 英国でさえ、スエズ以東のまともな修理施設は日本にしかないと言わしめている。

 欧米列強でさえ、極東に派遣している艦艇修繕に日本のドックを頼っている。

 特に平賀の所属する呉の海軍工廠は日本いやアジアでトップの技術力と規模を誇っており、戦艦の建造も初めているほどの能力がある。

 戦時で能力が拡張されているので、駆逐艦の修理くらいは簡単だった。

 だが鯉之助は首を横に振った。


「いや、内地に回航して修理すると抜けてしまう。泊地での修理は可能か?」


 打撃を与えたとはいえロシア太平洋艦隊が活動中であり、旅順の封鎖は続行しなければならない。

 駆逐艦とはいえ非常に貴重な戦力であり、修理のために回航して抜けるのは痛い。

 出来れば泊地で修理して早期に復帰して欲しかった。


「ですが、これほどの被害ですと自力での修復は不可能ですよ」


 軍艦にも自力で補修する能力がある。

 しかし、小さな破孔ならともかく、大がかりな修理、元通り修理したり、主砲を新たに乗せるなど出来ない。


「大丈夫だ。工作艦明石がやってくる。おう、来たな」


 泊地の南側から、防護巡洋艦に率いられて明石が入港してきた。


「明石がいるなら可能です」


 平賀は明るく言った。

 海援隊に所属する工作艦明石は鯉之助が建造を進めた日本唯一の工作艦だ。

 日本海軍は沿岸防御のみを考えており、戦闘が起こるのは日本沿岸であり、損傷しても日本本土のドックへ回航できると考えていた。

 しかし、太平洋を舞台に動き回る海龍商会と海援隊は違う。

 遠隔地で戦闘は勿論、事故が起きた場合、日本本土まで回航するのはあ非常に手間が掛かる。

 それに回航中に浸水が酷くなり沈没の可能性もある。

 そこで、鯉之助が主導して作り上げたのが工作艦明石だった。

 ドックの無い太平洋でも環礁や静かな湾に派遣して、損傷した船舶を修理しようというのだ。

 小規模な損傷ならその場で修理し、大きな被害を出していたら、日本まで回航できる程度に修理して回そうという考えだ。

 そして何かと損傷艦が多くなる戦時においては海軍工廠の負担を軽くしてくれる。

 戦場近くなので、回航に時間を取られず、すぐに損傷を復旧し復帰できるのも大きな魅力だ。


「資材を乗せた輸送船も無事に付いてきているようだな。駆逐艦の主砲も積んでいるから大丈夫なはずだ」


 資材を乗せた輸送船を同伴させることで、さらに多くの船舶を修理できるように計画していた。

 この後、明石は工作艦として活躍し日本の戦争遂行能力向上に寄与する。

 工作艦の有用性を認識した海軍は開戦初頭に旅順沖で捕獲したロシア貨物船マニジューリヤを改装し、工作艦関東として就役させるに至るほど前線での修理能力は重要だった。


明石の詳細は

https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816700429516916140


「修理期間はどれくらいになりそうだい?」

「部材にもよりますが、二週間」

「最低限の戦闘能力があれば良い。一週間で修理を終わらせてくれ。被弾痕の修理と、主砲の槓桿、機関の修繕。戦闘能力の回復と艦隊に随伴できる速力を持たせてくれ」

「よろしいのですか?」

「ああ、今は時間が貴重だ」


 日本人は優れた製品を作るが完璧を追求するあまり時間を掛けすぎる傾向がある。

 時間が貴重な、危急を要する戦時下では多少性能が落ちても迅速に戦力を送り出す必要がある。

 最低限のラインを示し、最短で作業を終わらせる必要があった。


「見てくれの悪い代物にしろなんて麗が可愛そうよ」

「明日香、来ていたのか」

「当然でしょ、被弾箇所を見て艦の応急処置の研究をするんだから。別に麗が心配だから来たわけじゃ無いんだからね」


 唇をツーンと尖らせて明日香は言う。


「それで、麗。貴方は、こんな継ぎ接ぎの艦で良いわけ?」

「戦争は始まったばかり。敵も出てくるだろうから、戦場に駆けつけられる状態のほうが良い」

「なら、あなたの好きにしなさい」


 それだけ言うと明日香は背を向けて、綾波から降りていった。


「では谷艦長と共に修理を頼む。僕はこの後人と会う予定があるから、憎まれ口叩いて自己嫌悪に陥っている明日香をからかって、そのあと皇海に戻る」

「お任せください」


 返答に困った平賀は引きつった笑顔をしながら請け負った。

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