戦争には外貨が必要です
開戦を勝利に収め、その後の出撃でもロシア艦隊を撃破した海援隊戦艦皇海。
戦勝によって士気の上がる艦内に一人の男が訪れた。
「まずは緒戦の大勝利、おめでとうございます」
長官公室に入ってきた壮年の男性は、開口一番に鯉之助に戦勝祝いの言葉を述べた。
「いや、海軍が用意周到に準備をしていてくれたお陰です」
「とんでもない。貴方が用意周到に準備していたお陰でしょう。釜山を確保できたのも貴方のお陰だ。朝鮮半島を短時間で制圧できたのも貴方の朝鮮鉄道のお陰だ」
開戦と同時に朝鮮半島各地に日本軍は部隊を展開させた。
その展開を助けたのは、半島の東海岸と西海岸を縦断する朝鮮鉄道のお陰だった。
「朝鮮鉄道は各国が出資した株式会社ですよ」
「しかし株式の多くは海龍商会が持っているし、鉄道の建設を進言したのは貴方だ。朝鮮鉄道が勝利の鍵となったのなら、貴方の成果だ」
日清戦争で勝利した後、朝鮮半島は独立国となった。
だが、鯉之助の提案により朝鮮半島への鉄道敷設権を日本に認めさせ海龍商会が建設にあたった。
朝鮮半島南部の農産物や北部の鉱物を釜山に運び、日本に輸出。一方、日本からは大量の工業製品や肥料が輸入された。
これにより朝鮮半島は事実上日本の勢力下に置かれることになった。
そして西海岸の路線は、鴨緑江を越えて中国に入り北京を結ぶ予定であり東海岸はロシアの沿海州へ向かう予定だ。
現在は、朝鮮国境地帯の山岳地帯が難工事のため線路は繋がっていないが、戦争後には開通する予定だ。
「持ち上げすぎですよ先生」
「いやいや、日清の戦いでもそうだ。貴方が居なければ今の日本はない」
謙遜する鯉之助に男性は更に持ち上げる。
先の日清戦争でも海援隊が活躍し史実より優勢に進んだ。
特に海龍商会の船による輸送力は大きく、短時間で朝鮮半島に大軍を各所へ送り込めたのが清に対して優位に立てた理由だった。
そして鯉之助が予め英国で建造契約を結び輸入してきた富士型戦艦二隻――議会で軍備増強を否決されたため海援隊が代わりに購入し後で日本海軍に売却する約束で調達した戦艦だった。
黄海海戦には間に合わなかったが、この二隻の加入によって制海権は日本の者となり威海衛に引きこもっていた北洋艦隊は出撃不能になり侵入した水雷艇隊によって一掃。
制海権を得た日本軍は清国沿岸各地に上陸。
清国を講和条約の席に着けた。
「その後の賠償金取得も良かった」
「陸奥大臣の手腕ですよ」
「いえ、あなたの助言があってのことでしょう」
下関条約交渉中に天津に日本軍上陸したこともあり、慌てた清国政府は賠償金を上積みして五億円と遼東半島および山東半島割譲で講和した
ロシア、独逸、フランスの三国干渉で両半島は返還することになったが、追加条約で両半島の他国への不割譲、租借不可を約束させ、違反した場合の違約金合計四億円を設定した。
しかし列強は意に介さず、ロシアは遼東半島の租借、独逸は山東半島の租借をを無理矢理清国政府へ承諾させた。
結果日本への膨大な違約金を清が支払う事になったがフランスが清国政府に違約金をフランスの銀行から貸し出す話を纏め貸し出した。
これでフランスは清国に借りを作ると共に借金という首輪を清国政府に課せた。
このことで清国政府は列強によって借金漬けとなり、様々な権益を奪われ衰退が早まっていく。
そして日本は賠償金と違約金で合計九億円となった膨大な資金を元に軍隊と産業の近代化を果たし史実以上の国力持って日露戦争を迎えることが出来た。
賠償金により金本位の目処もつき、莫大な資金を以て外国から機械や原材料を輸入することが出来た。
もっとも、この裏には清国から金を引き出そうとした日本と海援隊、厳密には鯉之助の暗躍、ロシア側やフランス側への入れ知恵もあった。
かくして日本は莫大な資金を手に入れる事が出来た。
「それで今回の戦争の資金調達の目処は?」
話を切り上げて鯉之助は男性に要件を尋ねた。
「ほぼありません。日本は極東の野蛮な島国とされている。しかも世界最強の陸軍国と戦うんだ。負けると欧米諸国は思っている」
遠慮会釈もなく壮年の男は言い切ると酒をあおった。
不愉快な話だが、事実であり酒を飲まないとやっていられない。
「金がなければ戦争は出来ません」
戦争には金が掛かる。
陸軍の新兵の月俸は一円二〇銭だが、三〇万人いると毎月三六万円、年間四二〇万円もかかる。最大動員一〇〇万人だとその三倍以上。
そして階級が上がれば給与は上がるし、戦場に出て行けば戦地手当なども加算される。
二一世紀の日本の防衛費の四割ほどが人件費糧食費となっているのもある意味当然だ。
そして軍隊は戦う組織であり、武器や弾薬の調達も必要だし、それらを動かす燃料も必要だ。
二人が乗っている皇海も航行せずとも艦内の機能を維持するためだけで一日に数十トンの石油を消費しており、石油を購入、調達できなければタダの鉄塊だ。
金が入るか否かは、文字通り死活問題だ。
「勝つ見込みがなければ誰も金を貸さない。負ける賭けに金を出すヤツはいない」
男はもう一度酒を呷ると話を続けた。
「勝てるところを見せなければ公債など買ってくれないだろう」
「海龍商会の力があってもですか?」
「日清の賠償金と違約金、更に北海道、アラスカから産出される海龍商会の金のお陰で、日本の金本位は整った。議会も出来て、憲法も出来た。だがまだ足りない。何しろ列強と非列強が戦えば非列強が負けるのが当然なのだ」
非列強である日本と列強であるロシアの戦いは、いわば人間と猿の喧嘩。
猿に引っかかれて人間が負けることはあるが、銃や罠で人間が猿を駆除するのは簡単なのと一緒である、と欧米列強は考えているのだ。
「日本が勝てるかどうか分からない、いや勝てないと思っている。全世界、日本を含めて地球上の全てが思っているだろう」
ふくふくとした壮年の顔が悲壮な表情を浮かべて言う。
「だからこそ。日本が勝てるという証拠を見せたいし、確証を得たい」
「そのためにここに来たのですか先生、いや高橋是清副総裁」
「勝てるかどうか自信も無いのに売り口上はできない。だから国債を売るための材料が欲しい」
高橋は鯉之助に頼み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます