軍縮の提案
「だが、ウラジオストックの武装解除、中立国の艦船の引き渡しは出来ない」
しかし、ウィッテも最後まで交渉に手は抜いていなかった。
残りの条項を全て片付けようと、少しでも取られた分を奪い返そうと猛烈に攻めていく。
「ウラジオストックはロシアの領土であり、ロシアが自国の領土で何をしようが勝手だ。それに中立国に抑留されてるのは我が国の艦船だ」
ウィッテは釘を刺すように鯉之助に言う。
ロシアは領土割譲という重大な部分を日本に譲ったのだ。
他の部分で日本側にも譲歩して貰わなければ、ロシア本国を納得させられない。
ここでウィッテは退くことは出来ないのだ。
「分かりました。では代わりの条件としてこのような条文はどうでしょう? ウラジオストックの要塞拡張及び極東地域にロシア海軍は新規艦船の配備を五年乃至十年の間は行わない」
「期限を区切っても同じ事だ」
「代わりに日本は保有する戦艦六隻、装甲巡洋艦六隻を講和交渉後一年以内に日本海軍籍から除籍するというのはどうでしょう」
「何だと」
鯉之助の提案にウィッテは驚いた。
「勝ったのに軍備を放棄するのか」
「軍隊は金食い虫ですから、維持するだけでも大変です。両国とも平和になるのですから不要でしょう。と言うより再び不幸な戦争にならないよう、互いに軍備を削減するべきでは」
「ふむ」
ウィッテは考え込んだ。
確かに軍隊は金食い虫だ。
それに対日強硬派が軍隊を勝手に動かしてこの戦争が始まった。
平和を維持するため、国際条約で軍隊を削減、引き下がらせる事が出来れば、今後の暴発を防ぐことが出来る。
「日本はそんな事が出来るのか」
「大丈夫です。説得出来ますよ」
鯉之助の自信は根拠のないものではなかった。
日本は有力な海軍、アジア最強の海軍を持っているが、使い道が無い。
最大の脅威であったロシア海軍は消滅したのだし、フランスどころか英国の東洋艦隊さえ遙かに凌駕する東アジア最強戦力だ。
だが、過剰な戦力など無用の長物だ。
しかもドレッドノート級の誕生で、前弩級戦艦、富士型戦艦と敷島型戦艦は旧式艦となり戦力外だ。
装甲巡洋艦も巡洋戦艦が現れたので不要。
むしろお荷物だ。
日清戦争前より十年以上掛けて整備した艦船だが、今後の戦場で役に立たないのならタダの金食い虫だ。
これらの艦をかたづけて新たな艦艇を建造した方が今後の増強になる。
ならばロシア側の海軍戦力が無いうちに、手放した方がよい。
講和交渉の材料になるなら得がたいことだ。
日本海軍の説得が必要だが、火の車の国家財政上、軍事費削減を求める日本政府や元老の支持、海軍を抑える圧力になることも期待出来る。
講和交渉に軍縮を入れても大丈夫なはずだ。
「朝鮮と満州の軍隊、陸上部隊に関しても同じか」
「ええ、双方、満州周辺の駐留兵力を一個師団程度に押さえれば良いでしょう」
そして戦争で増えた陸軍の部隊も削減しないと軍事費で国庫が破綻する。
削減するためにも国際条約で国家間の約束として制限した方が良い。
勿論、ロシア側の削減が絶対条件だが、現状だと国内が混乱しているロシアも、予算確保と軍事費削減のために同意する可能性が非常に高い。
「詳細は本国と話し合う必要があるが前向きに応じよう。だが、シベリアに暮らすシベリア部隊は削減出来ない」
「武器の制限、重火器の撤去と、現役部隊数の削減でどうでしょう。予備役が現地に住んでいても日本は住人に文句は言えません」
「良いだろう。そこが落とし所だろうな」
「では」
「ロシアはその条件と先に合意した条件を飲むことにする」
合意した二人はすぐに代表の下に戻り結果を伝えた。
そして、日露両代表はすぐに本会議を行い、条文に同意した。
軍備に関しては、本国の軍部と交渉する必要があり別途協議する事になったが、大筋で合意した。
「諸君! 日本は全てを譲歩した!」
本会議終了後、ウィッテは交渉団に戻り随員に宣言すると彼らと抱擁し接吻の嵐を受けた。
「よくやったぞ鯉之助!」
本会議が終わった後、龍馬は交渉を纏めた鯉之助に抱きついた。
小村は賠償金が取れないことを不満に重い不機嫌だったが、納得しているようだ。
「ありがとうございます。ようやく終わるか」
転生して三八年。
日露戦争に備え様々な手を考え用意してきたのはこの瞬間の為だった。
戦場で勝てても、戦争が終わらなければ意味がない。
戦争を終わりに導くことが最大の目的だ。
遂に成就したことに鯉之助は、思わずソファーに腰を下ろし脱力する。
あとは本国の承諾を得て正式に調印するだけだ。
だが、そこへ悲報が入ってきた。
「満州軍より報告! ロシア軍が進撃を再開! 日本軍の防衛線が突破され進撃中!」
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