連合艦隊旗艦三笠
旅順攻撃の翌日の夕方、集結予定地である旅順東方四五海里にある円島沖に停泊していた鯉之助は連合艦隊旗艦三笠に呼び出された。
「東郷艦長……いや司令長官に呼び出されるとは」
戸惑いながらも内火艇で三笠に行きタラップを登った。
「戦勝おめでとうございます長官!」
甲板に上がると中佐の肩章を装着した知り合いから敬礼を受けた。
「ありがとう中佐。だが、堅苦しいのは止めてくれよ」
同い年の気安い言葉で鯉之助は話しかける。
後ろにいる沙織も黙って見ている。海軍将兵の目があるが放っておく。
長年の友人の再会を邪魔するほど沙織は野暮ではなかった。
「そうはいうがお前さんの方が階級は上じゃ」
「親の七光りだし、組織も違うよ。堅苦しくしないでくれ。予備門で学び、日清とサンチャゴで戦陣を共にした仲だろう。そういうのは抜きだ」
「それでも階級は上じゃ」
「何時からそんな律儀になったんだよ。予備門時代は子規や熊楠と悪ふざけや野球ばかりしていたくせに」
「学問は性に合わないからな。というよりおぬしも野球に変な方にのめり込みおって」
予備門で同級生だった正岡子規が野球にのめり込み学友を巻き込んで試合を行った。
それに二人は巻き込まれたが、鯉之助は少し違った方向へ向かった。
試合はするが、むしろその後、記録を作ったり試合内容の紹介記事を書くことに熱中した。
ホームラン、ストライク、ボールなどそのままの英語表記も多かったが、満塁打、右中間、左中間、走者一掃などの訳語を作り出し、口語調で書き上げ実況中継のような記事が出来た。
読んだ子規は大いに喜び、印刷して周りに配った。
そして多くの人々が野球に興味を持つ事となった。
「周りを巻き込んだ方がこちらに被害が少ない」
「お主のそういうところが恐ろしいんじゃ」
記事が好評だったのを見て文学志向だった子規は自ら記事を書くようになった。
こうして鯉之助は子規の魔の手から逃れ、大学を中退し海援隊に戻って世界に飛び出した。
「ならお前も一緒に海援隊に来れば良いだろうが」
「頭が良すぎるお主と一緒に入るなんて嫌だから築地の兵学校の門を叩いたんじゃ。お主は元から予備門なぞ似合わんかったが」
「大学ぐらいは出ておいた方が良いと思ったんだよ。まあ、海外の方が面白いから飛び出したが」
「確かに、出て行って正解じゃ。お主は親父さんのように世界で暴れ回る方が似合いじゃ。どうして長官なんぞになったんじゃ。世界を回った方が良かろう」
「一応、日本人だからな。半分しか流れていなくても、人生の半分しか住んでいなくても日本に愛着がある。この国難に出征しないでどうする」
というよりこの国難をより良く克服するためにこの人生を捧げてきたと言っても良い。
それが転生者としての醍醐味でもあり自分の存在証明だと鯉之助は思っていた。
「さあ、東郷艦長いや長官に会わせてくれ秋山中佐」
「おう、長官が、お待ちじゃ」
一発屁をかましてから艦尾にある長官公室へ連合艦隊参謀秋山真之中佐は鯉之助を案内した。
「失礼いたします。才谷長官をお連れしました」
公室内は連合艦隊の幕僚や司令官達が集まっていた。だが部屋の主は直ぐに分かった。
小柄だが、整った白い髭に知性が煌めく目を持つ男。
日本の命運をその双肩に担いだ東郷平八郎中将その人だった。
「参陣感謝いたします。緒戦での成果は貴方のお陰です」
短い敬礼と答礼の後、東郷長官は鯉之助に感謝の言葉を述べた。
「いえ、私は祖国の為に義務を果たしただけです」
「これまでのご貢献を考えれば、言葉では足りないくらいです。まして上げた戦果を考えれば」
鯉之助の夜戦の後、夜明けより連合艦隊主力による砲撃戦が行われた。
旅順砲台の反撃もあり大した成果は挙げられなかったが夜襲の戦果は確認できた。
戦艦
ペレスヴェート撃沈、ツェザーレヴィチ大破、レトウィザン大破、ポルタワ大破、ペトロハブロフクス中破、ポペーダ中破、
防護巡洋艦
アスコリド撃沈、ポヤーリン撃沈、ディアナ撃沈、ノヴィーク大破
機雷敷設艦
アムール撃沈、エニセイ撃沈
その他損傷艦多数
十分過ぎるほどの戦果だった。
ロシア太平洋艦隊の戦力は戦艦七隻、装甲巡洋艦四隻、巡洋艦一〇隻、総トン数二六万トン
対する連合艦隊の戦力は戦艦六隻、装甲巡洋艦六隻、巡洋艦一二隻、総トン数一九万トン
ほぼ互角の戦力だが、ロシア海軍は太平洋艦隊と同規模のバルト艦隊をヨーロッパに配置しており、合わせれば日本の倍の保有量を誇っている。
そして今回の戦争は日本の安全保障上最重要地域である朝鮮半島確保のために始まった戦争であり、朝鮮半島確保の為に制海権は絶対に保持しなければならない。
開戦劈頭で互角では制海権を保持出来るかどうか危うい。
そこで奇襲攻撃を敢行し撃破するのが作戦だった。
奇襲は成功し戦艦一隻を撃沈、他の艦を撃破できたのは非常に大きな戦果であり、日本側が優位に立てる環境となった。
「なにより貴官を始め様々な人員、艦船、物資を提供してくれた海龍商会と海援隊には感謝しきれません」
「ありがとうございます。父、いや坂本龍馬総帥も喜ぶでしょう」
海援隊中将才谷鯉之助は連合艦隊司令長官東郷平八郎海軍中将に礼を述べた。
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