砲弾問題

「死傷者四五〇〇名!」


 損害を集計した第二軍司令部が出した数字に奥大将は驚いた。

 現有兵力五万の第二軍の一割近い数字だ。

 大損害と言って良いレベルの死傷者であり、今後の作戦に支障が出てしまう数字だ。


「補充はどうなっている?」

「補充は予備大隊や補充大隊などで後方から補充できます」


 故川上操六と鯉之助が作り上げた補充システムが全力で展開しており、各地の連隊区では続々と中隊を編成し、戦地へ送り出している。

 各連隊は中隊単位で交代し、損害の酷い中隊は本土へ後送され、再編成。比較的軽い中隊は、戦場の後方で再編成される。

 かつての日清戦争なら酷い損害でも補充無きまま従軍させたが、鯉之助の手で補充が聞くようになっていた。


「人員はなんとかなりますが、問題は弾薬です」

「何か問題が?」


 参謀長が言いにくそうに伝えた。


「砲弾をこの戦いで七万発使用しています」

「七万!」


 先の日清戦争では戦争全体で日本軍が発砲した砲弾は総計三万五千発だけだ。

 今日一日で、南山戦だけで、その倍の砲弾を使用したことになる。

 この後もロシア軍との戦いは続く。

 予定ではハルピンまで攻め上る予定であり、ロシア軍の反撃は強くなるだろう。

 だが、緒戦でこれだけの砲弾を使用するとなると弾薬が欠乏する。

 いや、既に足りない状況と言って良いだろう。

 第二軍は三個師団、百門以上の大砲を保有しているので一門あたりの弾薬がほぼ底を突いてしまっているはずだ。


「やはり、結構使いますね」


 司令部に入ってきた鯉之助は、他人事のように言う。

 洋上の皇海から大発動艇を使って乗り付けたのだ。


「才谷海援隊中将、この事態を予想していたのか?」

「ええ、こうなることは予想していました。三三式を使用したらこうなります」


 奥は尋ねると鯉之助は正直に答えた。

 三三式野砲は、世界で始めた野砲駐退装置を取り付けたM1893のライセンス生産、海援隊での改良型だ。

 発砲速度は毎分一〇発以上。

 同時期に採用された有坂砲が二~三発なので五倍の射撃速度、弾幕を張ることが出来る。

 だが逆に言えば五倍も弾薬を消費することになる。

 それだけの弾薬を日本軍は用意できない。

 日本軍は火力主義、砲撃で敵を打ち倒すことを目標にしていた。

 馬鹿なと思われるかもしれないが、日露戦争までは真剣に火力で敵を制圧することを史実でも考えていた。

 だが、出来なかった。

 史実では有坂砲の発砲速度と射程がロシア軍の大砲より劣っていたので苦戦した。

 今回はそのような事は無かったが、問題なのは弾薬の生産だった。

 師団数の増加と大砲を用意するだけで国力の限界に達し、砲弾の生産体制を整える事にまで手が回らない、あるいは弾薬の消費を甘く見積もっていたのだ。

 開戦時一日の砲弾の生産体制が史実では日産三〇〇発。

 有坂砲装備の一個砲兵中隊が一五分も全力射撃をすれば撃ち尽くすようなレベルでしか供給出来なかった。

 勿論増産体制を整えようとしたが、生産が軌道に乗ったのは戦争後半。

 奉天会戦が終わった後だ。

 このため史実の陸軍は用意できない砲弾に頼らず自らの精神による突貫、白兵戦を重視するようになり太平洋戦争での悲劇に繋がる。

 勿論生産体制の改良を加えようとしたが、国力があまりにも小さい上に、生産計画を具体的に、科学的に、有効に使う計画を日本陸軍は作れなかった。


「砲弾の方は海援隊の方から補充しましょう」

「どれくらいだ?」

「七万発をそのままご提供します」

「本当か!」


 鯉之助の言葉に第二軍司令部は驚いた。


「大丈夫です。私たちの工場は平時でも日産一〇〇〇発を誇っていますから」

「一〇〇〇発!」


 海援隊で平時から大量に訓練で使用しているので必要だった。

 それに日本陸軍にも納めていたし、同盟国、ハワイ王国やフィリピン共和国への供給をも行っている。

 特にフィリピン共和国は独立戦争時代から支援しており、彼らが使う弾薬を供給していた。

 その分、生産体制は整っていたのだ。


「他にも準備は行っています。軍需工場指導の下、民間の工場に砲弾を発注して生産させています」

「出来るのか?」

「ええ、予め生産可能な工場をリストに作っておきましたから」


 戦争開始と共に、生産量が落ちるであろう工場と、その工場が軍需に対応できるか普段から調べており、戦時には迅速に軍需工場へ転換できるように海援隊は準備していた。

 生産力は上がり、日々生産量は増えていた。


「ですが、問題が」

「何だ?」


 鯉之助の言葉に奥大将はいぶかしんだ。


「これだけの補充を行うには整った港湾施設が必要です」

「大連を守れと?」

「はい」


 現在は海兵師団が展開しているが、上陸専門部隊であり守備は苦手だ。


「そこで現在の第二軍から、第一師団、第四師団で旅順方面の封鎖を行っては?」

「我々はこのまま北上する予定だ」

「ですが、北上には補給が必要であり、幸い大連を使えば船から積み下ろし鉄道を復旧して鉄道輸送できます。本土かあの増援、待機中の部隊も早期に合流できるでしょう」

「よろしい、すぐにやろう」


 鯉之助の提案に奥大将は承諾し、指揮下の第一師団と第四師団に大連の確保を命じた。

 かくして鯉之助の要請は受け入れられ、第一師団と第四師団に後から上陸した第九師団を加えて第三軍が編成され、旅順攻略にあたることになるが、それは後日の話だ。

 第二軍は残った第三師団と新たに上陸した第六師団、第一一師団と共に北上を開始。主戦場とされる満州平原へ向かっていった。

 南山の戦いで敗れ、旅順と切り離され、五万以上の将兵と艦隊が孤立状態となったロシア軍は、何とか連絡を回復させようと、部隊を旅順に向けて派遣していた。

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