給糧艦
「我々も直ちに次の作戦海域に向かう」
南山の戦いが大勝利に終わり、一個師団を降伏させる大戦果を挙げた。
だが、まだ戦いはこれからであり、次の作戦に備えて鯉之助は艦隊を円島泊地へ回航し、弾薬燃料の補給を行って準備を始めた。
「鯉之助」
そこへ嬉しそうな顔をした明日香が現れた。
「ああ、明日香、補給を終えたらすぐに出航してくれ」
「その前に約束のもの、頂戴」
「ああ、間宮の洗濯板か」
先の戦闘で渡すと約束していたのだ。
「いいよ、持っていって」
鯉之助は従兵に皇海の酒保で司令部用に確保してある分から持ってくるように命じた。
「ありがと」
「でも、自分でも手に入れられるだろう」
駆逐隊司令なのだから、例え間宮で一番の人気商品でも自分で要求すればすぐに手に入るはずだ。
「こういうのはおごられるのが美味しいのよ」
「そういうものなのか?」
そこのところが鯉之助にはいまいち分からない。
だが洗濯板一枚で済むなら安いものだった。
「来た来た」
持ってこられた箱を見て明日香は飛びつき、包装を開ける。
「うーん美味しそう」
鼻腔を貫く小麦の焼けたパンの良い香りに明日香は笑顔になる。
中から、畝が七つ付いた文字通り洗濯板状のあんパンを取り出す。
そして谷間に沿って切り取り、細長い三角柱状になったパンを頬張る。
「うん、美味しい」
海援隊でも人気商品である間宮の洗濯板だ喜ばない人間はいない。
餡も生地も極上品だから美味いに決まっている。
間宮のあんパンの詳細は
https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816927861745860453
一切れちぎって食べている姿は海援隊員ではなく一人の女性だ。
「がっつきすぎじゃないのか?」
「大型化しても駆逐艦に乗せられる食料なんてたかがしれているわよ」
「それもそうか」
皇海は戦艦だから余裕があるが、駆逐艦は狭い船体に大きな魚雷を搭載しているのでどうしても食料のスペースが足りない。
乗組員の居住スペースも考えると最小限でしかない。
「それに、最近だと海軍へも間宮の商品を供給しているでしょう」
「ああ、しているよ」
これから旅順開城まで海上封鎖を続行する必要がある。
洋上での待機は非常に疲れる。特に単調な生活になりやすく士気が下がる。
そこで少しでも楽しみを、食事だけでも豊かなものにしようと間宮から新鮮な食料や豪華な食事を供給する事を提案したのだ。
「それで美味いモノを知った海軍の連中、間宮の洗濯板を奪っていくのよ。いまでは連中に奪われて中々手に入らないわ」
「それは予想外だったな」
まさか、海軍の連中に奪われるとは思わなかった。
後に聞いた話では、間宮が海軍の艦艇に豪勢な食事を提供しようとしたら「飯ではなく、菓子を作れ!」と怒られたとか。
史実でも同じようなエピソードはきいているが、それほど求められているとは思わなかった。
人はパンのみで生きるのではない、とはよく言ったものだ。
楽しみがないと人はダメだ。
だが、供給能力が逼迫しているのは由々しき事態だった。
「ここは海軍にも給糧艦を建造して貰う必要があるな」
間宮だけでは能力が追いつかないのなら、海軍にも同じような艦艇を作って貰わんくては。
四隻くらいは作って貰おうか。
海軍の鎮守府は四つあり、全ての海軍艦艇はそのどれかに所属しており、人員も各鎮守府の地元から採用されている。
各地の味を再現するために鎮守府毎に給糧艦を建造配備して貰った方が良いだろう。
この鯉之助の考えは、間宮の活躍を見た海軍上層部と現場将兵の熱烈な要望により実行された。
横須賀鎮守府に浦賀、呉に鳴門、舞鶴に若狭、佐世保に早岐の四隻が商船改造で戦争中に配備された。
特に舞鶴の若狭は小型だったが、京都が舞鶴鎮守府の管轄下だったため多数の老舗菓子店を有しており、味も見た目も良い和菓子を製造。
他の鎮守府籍の艦艇からも注文が来るほどの人気だった。
佐世保の早岐は長崎の名産カステラを、呉の鳴門は菓子ではないが牡蠣飯が名物として有名になる。
「となると次の作戦前に海軍から間宮の菓子を確保しておこう。今日は宴会だ。明日からの戦いに備えてくれ。ああ、今回の殊勲賞の海兵師団にも渡すのを忘れないように」
そういって鯉之助はその場を締めた。
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