艦隊凱旋

「敵艦に白旗が揚がったわ。敵は降伏したみたいよ」

「砲撃止め!」


 鯉之助は、命じた。

 船足も止まっているし、砲身も下がっている。

 確実に降伏していた。


「直ちに降伏受け入れのための軍使を送ってくれ、決してぞんざいに扱わないように」

「分かっているわ」

「それと、他に敵艦がいないか確認してくれ。宗谷海峡方面を回って向かったり、太平洋で通商破壊を行われたらたまらない」

「勿論よ」


 沙織は鯉之助の指示で直ちに降伏交渉と情報収集の為の要員を送り出し、インペラトール・ピョートル一世へ向かわせた。


「東郷長官にも連絡。敵艦、インペラトール級二隻を撃沈、二隻が降伏し、現在交渉中と伝えるんだ」

「了解」

「他の艦艇はどうしているかな」


 インペラトール級の他に巡洋艦や駆逐艦などの随伴艦が何隻かいた。


「戦闘に紛れて逃げたみたいだけど」

「第一二戦隊と第一水雷戦隊に追撃を命令。ただし第一水雷戦隊には一個駆逐隊を敵艦の接収作業及び、皇海型の随伴の為に残すように伝えてくれ」

「了解」


 彼らは鯉之助の命令通り、追撃を行い、逃げ出した艦隊を血祭りに上げるか降伏させていった。

 対馬沖と津軽沖で行われた日本海海戦――日本側呼称、欧米では対馬沖と津軽沖の二つの海戦に分けて呼ぶ戦いは終わりを告げた。

 日本側は旗艦三笠の損害を含め、被弾艦が多数出たが、喪失は水雷艇三隻のみであった。

 一方のロシア艦隊は、戦艦と装甲巡洋艦が全て撃沈か捕獲され、目的地であるウラジオストックへ入港できたのは巡洋艦一隻と駆逐艦二隻のみ

 残りは中立国へ逃げ、抑留されるか、バルト海へ逃げ帰った。

 バルチック艦隊いや、ロシア海軍は事実上壊滅した。




 甲高い汽笛が口内に鳴り響いた。

 入港してくる皇海型四隻と、引き連れた鹵獲艦インペラトール級二隻を、凱旋した鯉之助達を迎えるために偶然停泊していた商船が鳴らしたのだ。


「静かにして欲しかったんだけどな」


 汽笛を聞いた鯉之助は溜息を吐いた。

 確かに敵艦を捕獲した戦果を挙げて、褒め称えられるのは誇らしい。

 だが、投降した彼ら、敵に自分の船を差し出す、海軍軍人以前に、船乗りとしてこれほど非常に辛いことを強いる。

 歓声の中入港しては彼らの気持ちを踏みにじってしまうので、控えて欲しかった。


「乃木司令官も東郷長官も降った敵将に配慮しているのだがな」

「仕方ないわよ。彼らにとってバルチック艦隊は脅威だったのだから」

「そうだけどさ」


 勿論、商船の船員達の気持ちも分かる。

 去年の夏、対馬海峡周辺で起きたロシア海軍ウラジオストック艦隊の通商破壊は、商船に多数の被害を出しており、恐怖の絶望に陥れた。

 幸い蔚山沖海戦でウラジオストック艦隊主力を撃破したことにより、被害は激減した。

 だが、バルチック艦隊がウラジオストックへ入港すれば再び、各地で通商破壊が行われるという恐怖に苛まれていた。

 バルチック艦隊の接近は、彼らにとって、とても生きた心地がしない日々だっただろう事は容易に想像できる。

 それだけに、バルチック艦隊を全滅させた大勝利は、ことのほか嬉しいのだ。

 予め注意されていても思わず、入港する凱旋部隊に汽笛を鳴らすほどに。

 鯉之助は苦笑して流すしかなかった。

 指定された錨地へ停止すると、直ちに三笠へ行き、東郷長官に報告した。


「ありがとうございます」


 東郷は丁寧に気持ちを込めて感謝を伝えた。

 連合艦隊の主力をウラジオストックへ緊急移動させていたが、間に合うかどうか、間に合ったとしても、燃料が足りるか不明だった。

 だが、鯉之助がインペラトール級を二隻撃沈し二隻を捕獲したことは、嬉しい限りだった。


「投降した将兵の処遇は国際法に則った扱いをお願いします」

「勿論でごわす」


 東郷としても、国際法を守ることに異存はなかった。


「これよりロジェストヴェンスキー提督の元へ行きますが、ご一緒して貰えますか」

「勿論です」


 拒否など考えられなかった。

 こんな機会などそうそうない。断られても付いていくつもりだ。

 東郷と共に、ロジェストヴェンスキー提督が収容、治療を受けている佐世保の海軍病院へ向かった。




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