タンブルホーム型の欠点

 敵艦まで一〇〇〇メートル以内に接近した直後、麗は魚雷発射を命じた。

 各艦、各魚雷発射管から一本ずつ、二本の魚雷を放ち、駆逐隊合計で八本の魚雷が四番艦インペラトール・アレクサンドル一世へ伸びていく。

 回避行動を取ろうにも、先ほどの砲撃で艦尾の舵機械室に命中し回頭不可能であった。

 魚雷八本の内、三本が命中。

 後の第二次大戦に比べれば命中率は少なかったが、信頼性が低い当時としては高い命中率だった。

 既に砲撃でかなりの被害を受けていたこともあり、そこへ新たに三本の魚雷を受けては最早耐えられなかった。

 急速に浸水が増大し、インペラトール・アレクサンドル一世は急速に傾斜を増す。

 ここでタンブルホーム型の欠点が出た。

 当時のフランスでは喫水線より上を絞るタンブルホーム型が好まれていた。

 これは、上部構造物を小さくすることで、上部の重量を軽減し重心を下げ安定性を上げる事が出来ると考えられたからだ。

 確かに一理あり、好んで使用された。

 だが、それは通常時のみだ。

 戦闘で浸水し、傾斜が増した場合は、不利に働いた。

 通常の船体なら、傾斜した分、船体が触れる面積が増え、浮力が増し傾斜が止まる。

 しかしタンブルホーム型の場合、内側へ傾斜しているため、船体が海水に触れず傾斜を止める力が働かなかった。

 そのため傾斜は急速に増して行きインペラトール・アレクサンドル一世は横倒しになり、転覆してしまった。


「あんなにアッサリと横倒しになるのですね」

「かなり危険みたいだな」


史実においても日本海海戦でロシア艦が、特に大型艦が沈む事が多かったのはタンブルホーム型の船体のため、横転しやすかったためとされている。

 対馬沖では混戦のためにハッキリと見る事は出来なかったが、多数の沈没艦が出たのはタンブルホーム型のためだろう。

 海戦の勝敗は船の優劣、船体の作り方から決まってしまうのだ。


「さて、次は残りの二隻だな」


 鯉之助は、狙いを残ったインペラトール級二隻に向けようとしていた。




「インペラトール・アレクサンドル一世撃沈!」

「なんてことだ」


 レーマンはロシア帝国が誇る戦艦が沈む姿を見て愕然とした。

 英国がドレッドノート級を建造し生み出したこと、日本がそれに続く新戦艦を建造していることに焦りを感じていた。

 しかし、聡明なゲオルギー殿下が、新戦艦建造を表明し、作り上げてくれたことで風向きは変わった。

 海外で建造したとはいえ、ライバルである英国にも対抗できる力をロシアは持てたと喜んだ。

 戦争で入手が困難だと思われたがゲオルギー殿下のへ肺によって国内へ回航、戦力化することが出来た。

 そのことは一海軍軍人であるレーマンにとっても嬉しかったし、与えられた事は誇りに思う。

 しかし、目の前で沈んだ。

 浮いていれば修理も出来るし復帰の目処もある。浮いているだけでも周囲に警戒心を呼びおこし引きつける事は可能だ。

 高速と不沈性を生かしてウラジオストックへ入ることは出来る、と思ったが、無理だった。

 沈んでしまっては意味はない。

 日本の戦艦にはロシア戦艦は敵わないことを証明してしまった。

 いや、日本の方が海軍力で優越している証明だ。

 極東方面から海洋進出するという計画は完全に破綻したと言って良かった。

 ロシアの海軍はここに戦力を喪失、対抗手段がなくなった、少なくともレーマンにはない。

 仮装巡洋艦などで通商破壊を行うのが関の山だ。


「司令官! ご指示を!」


 参謀長が話しかけてくる。

 そうだ、ロシア海軍、祖国の将来など今考える暇はない。

 レーマンは目の前にいる部下達を、助ける義務があった。


「砲撃中止! 砲身を下げ、機関停止! 白旗を揚げ、降伏交渉をしたいと名乗り出ろ」

「閣下」

「最早、勝てる見込みはない」


 先ほどの防御は弱いが高速力を出せる戦艦二隻に、明らかにインペラトール級を上回る能力を証明した皇海型四隻。

 さらに、戦艦をも沈めることの出来る駆逐艦が一六隻。

 生き残ったインペラトール級二隻で、切り抜けられるものではなかった。

 参謀長も躊躇ったが、その事実は理解している。

 だが、感情が許さない。

 しかし、躊躇している時間は無かった。

 皇海型の砲撃がインペラトール級に降り注ぐ。


「時間が無い。直ちに降伏しろ」

「……ダー!」

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