兵站基地 大連港
「上陸するのですか」
参謀長である沙織は鯉之助に尋ねた。
「ああ、第三軍との調整のために上陸して打ち合わせをする必要がある」
ロシア太平洋艦隊が潜む旅順を占領しするのは制海権の掌握、いや完全支配――、一隻たりともロシア海軍の艦艇を日本周辺で作戦行動をさせないためだ。
元々、日本海軍が開戦劈頭に太平洋艦隊への奇襲攻撃に失敗し、取り逃がしたのが原因だ。
その責任の一端を鯉之助も担いでいる。
仕方ないが、尻拭いはしなければならない。
それにロシア軍に味方の船を商船を沈められるのは海洋貿易を行う海援隊としては看過できないし、苛立たしい。
「できる限り、情報を集めて善後策を考えなければならない。そのためには上陸して第三軍司令部と意思疎通を図る」
「分かりました」
止めても無駄だと知っている沙織は鯉之助を止めず送り出した。
自分に出来る事など、戻ってくるまで艦隊を上手く運営することだと沙織は知っていた。
「結構、賑わっているな」
大連の港に上陸した鯉之助は第三軍司令部に行く前に、何隻もの船舶が停泊している港の様子を視察した。
満州軍向けの軍需物資が次々と運ばれている。
前世で見た古い香港映画のような苦力が大きな荷物を担いで下ろしている姿もある。
大陸中から集まってきた中国人労働者達だ。
気前よく報酬を出しているので、大勢が集まっている。
何しろ日本軍の後方支援を請け負い雇っているのは海龍商会そして海援隊だった。
支払い報酬は海龍商会の商品券だ。
商品券を出せば海龍商会の店舗で買い物が出来る。
場合によっては卸値で買えるのだ。
植民地獲得競争が激しい二十世紀初頭、隣は別の国の勢力圏という事も少なくない。貿易品の殆どは本国向けの商品が多く、隣に輸出することは少ない。流通を許すと相手に勢力圏を奪われてしまう可能性もあり、殆どの国が及び腰だった。
そこで貿易を担ったのは海龍商会だった。
巧みな交渉術で貿易を許してもらった海龍商会は、各地の植民地を結ぶネットワークを作り上げた。
さらに、自前の工場を建設し、安価な製品を売りまくっていた。
その品質は良く、海龍商会から購入することを望む人々がアジアで増えた。
中国も例外では無く、多くの人が求めている。
しかし、彼らの手には通貨が足りない。
そこで海龍商会は自らの商会での雇用を始めた。
足りない分は、商品券を発行し報酬として支払い、商店内の店舗で使えるようにした。
余った商品券で大量に商品を購入して田舎や地方に行商に赴く者達も出ている。
日露戦争が始まってもそれは変わらず、むしろ緒戦の勝利でさらに熱狂し集まってきた。
大量の労働者が後方で様々な物資を運び込み報酬を受け取り、商品を仕入れて地元に持ち帰る。
地元で売りさばき金持ちになるのを見て、多くの人々が集まってくる。
しかし、物資の荷揚げの中心はコンテナに変わっていた。
通常戦場まで軍需品を運ぶ時は
内地の倉庫>鉄道>内地港の倉庫>輸送船>大陸港の倉庫>鉄道>軍の後方地域の兵站基地>鉄道>各師団の段列>輸送部隊>各部隊
以上の順列で行われる。
そして各段階で積み替え、トン単位の物資を人力で載せ替えるという作業がある。積み替える度に必要で膨大な人員を調達する必要がある。
機械化が進んでいたが、人力に頼るところが多い。
それを少なくするのがコンテナの導入だった。
コンテナは雨が入らない鉄の箱に入れることで倉庫に入れずに済む。非常に重いため専用の荷揚げ機材を導入する必要があるが、何人分もの作業を一回で終えられる。
一度、コンテナの中に入れれば機械で載せ替えるだけで、遠くへ運べる。
非常に省力化に優れたシステムだった。
もとより現場単位でコンテナやパレットは使われていた。
しかし規格化し統一した運用を行っていたのは海龍商会と海援隊だった。
鯉之助が知識チートで作り出したものだが非常に有用だった。
ただ弱点としてコンテナ輸送のためには大規模な設備投資と建設が必要ということだ。
二十トンもあるコンテナをつり上げるための専用クレーンを建設しなければならない。専用の貨物船に、各地にコンテナの取り扱い基地を作る必要もある。
そのための時間が必要で、それまでは今まで通り人力で行う。
現在コンテナ用のクレーン――通称キリンが大連港にも建設中で、いずれコンテナが中心となるだろう。
苦力の多くは配置換えとなり、前線近くでコンテナからの積み下ろしを担当することになるだろう。
「全くもって、資本主義だな」
二一世紀のイラク戦争でも同じようなことが起きた。民間会社が軍の兵站を一部担うのは普通の光景となっている。
まあ、ヨーロッパの百年戦争から酒保商人――軍の後からついてきて食料や娯楽を提供する民間業者がいたので変わらない。
彼らが近代化しているだけ、とも言えるが。
「海龍商会、海援隊の本領発揮。家業だな」
明治になって以来日本の軍事行動の後ろに海援隊あり。国内での士族の反乱、台湾出兵、日清戦争といずれも海援隊が日本軍の後方支援を行い助けてきた。
物資輸送のみならず、娯楽提供などのサービスも提供している。
これは今後も変わらない海援隊がいなくなっても別の形で誰かがやるだろう。
「長官、そろそろ時間です」
「そうだな」
鯉之助は大連港の視察を切り上げ、目的地に向かった。
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