米独の思惑

 ドイツと清にとってアメリカは重要な国だった。

 清はアメリカの門戸開放をヨーロッパ列強に奪われた主権を回復するものだと考えており、白色艦隊を歓迎している。

 そのため上海へ白色艦隊の寄港を求めていた。

 だが、上海は河口のため水深が浅く、寄港に適しておらず、代わりに厦門への入港となった。

 ただスケジュールが押しているため、半分のみ派遣する事になった。

 日本に全艦が寄港したのに比べて半分しか来ない事に清国は落胆している。

 歓迎費用が各国の中で一番大きいにも関わらず、白色艦隊全艦が訪れない事は、清国の自尊心を大きく傷つけた。

 そのため清国が日本の半分しか艦隊が来ない理由を白色艦隊は嵐に遭い、半数が行方不明のためと言ってごまかした程だ。


「ドイツもアメリカを引き入れようと必死だ」


 ドイツは本国が英仏そして露に囲まれている上、アジアでは青島の植民地が日本に押されている。

 そこでアメリカと同盟して対抗しようと目論んでいた。

 さらに清国を同盟に加えて、独米清の三カ国同盟でアジアで列強に対抗しようと考えている。


「中でも中国がアメリカに接近しているようです。どうも、アメリカの根拠地を提供するようです」


「他国への港湾の租借は我々の許可が必要だろう」


 中国が新たな港を他国へ貸し出すには列強の許可がいる事を条約で取り決めている。

 既に権益を得た列強が、既得権益を守るためだ。


「なので国際自由港を創るようです。中国が保有し全ての国に解放するそうです」


「資金が無いだろう」


「アメリカから借りて、資本を入れるそうです」


「考えたな」


 清国が自由港を建設するのは文句はない。

 だが、入港できるのは、軍艦が行く余力があるのはアメリカだけだ。

 英国もフランスもドイツ相手の為に余録が無い。

 ドイツの場合は、英国への牽制や海外領土獲得のために新たに艦隊を派遣するだろう。

 英国と違い海外への航路を持たないドイツは、本国の艦隊を好きに出せる。

 元は沿岸防衛用の海軍だ。本国の守りが出来るだけで良い。

 最終的に英国海軍を圧倒するつもりで艦隊を創っているが、究極的には本土さえ守れば良いだけだ。


「日本に潰して貰うしかないようだな」


「清国に圧力をかけるのですね。しかし上手くいくでしょうか」


「大連の自由港の地位を脅かすとでも言えば良い。満鉄の収入源だ。アメリカも頷かないだろう」


 大連は収入を増やすために大連を国際自由貿易港として各国の船が入れるようにしている。

 その収入は鉄道収入に匹敵する。

 いや、鉄道への積み替え需要を考えれば、鉄道収入とも連動しているいわば柱だ。

 そんな大連港を脅かすライバル港の建設など満鉄は、その株主、欧米の資本家達は認めない。


「早々に潰されるでしょうね」


「儲けのチャンスになるのに?」


「膨大な資金が集まっても、どうせ腐敗した中国人が盗んでいきますよ」


 清王朝の腐敗、賄賂や横領の横行は列強の頭痛の種だ。

 それを利用して稼ぐ人間もいるが、健全性、長期的な収入とはほど遠い。

 何も問題は無い。


「ならば満鉄に投資した方が良いでしょう。幸い配当は出ていますから、資本家も支持するでしょう」


「欧米の資本家ですか。確かに彼らは満鉄の大株主で利益を得ている。しかし、それこそ日本の狙いだったのでは」


「でしょうな」


 経営乗っ取りを恐れて、海外での株式発行を半減したとはいえ、欧米は大金を出して満鉄の株を持っている。

 その株が紙切れになる様な事態は避けたい。

 満鉄の経営が悪化する事が起きたら防ぐ為に動く者も出てくるだろう。

 今回のように、中国がライバル港を出現させようとしたら阻止しようという動きが出てくるのも自然だ。

 だが、日本が特をする仕組みは面白くない。


「今のうちに日本を潰しておきますか?」


 力強い同盟国は頼りになるが脅威である。潰せなくても力を削いでおきたいと思うのは自然だった。

 しかしマクドナルドは首を横に振る。


「いや、止めておこう。下手に刺激してもよくない。それに……」


「それに?」


「最悪の場合、日本はアメリカと手を組み、我々の植民地を奪いに来る可能性が高い」


 マクドナルドの指摘にフランス大使は冷や汗が出る。

 馬鹿な、と言いたいが、あり得る。

 植民地を持たない国、少ない国である日本とアメリカが、持っている国、英仏へ攻めかかる。

 十分にあり得る。

 太平洋の覇権を二分するならあり得なくはない。

 その場合、英仏はアジアから叩き出されるだろう。


「日本との友好関係は極力維持するのが我が国の方針です。現状日本と最悪戦争になった場合、アジアもインドも奪われるでしょう」


「……肝に銘じておきます」


 フランス大使はそれから黙り込んだままだった。

 静かになったが不安がこみ上げてきたマクドナルドは呟いた。


「全く、恐ろしい相手だ。海援隊は、いや鯉之助は、一体何をする気だ」

 

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