鯉之助が目指すもの

「僕と海援隊が目指すのは日本とアジアの平和だ」


 白色艦隊の来航から二年後、沙織に何を目指しているのか尋ねられて、鯉之助は答えた。


「具体的には各国が独立し自立することだ」


「植民地からの解放? 欧米は許さないでしょうね」


「遙か遠い連中が勝手にやってきて土地や資産を奪っていくのが問題なんだ」


「それは同感」


 植民地経済は収奪経済だ。植民地の産物を本国へ持ち去る、あるいは売り飛ばして本国の利益にする。

 植民地には僅かな金しか入らない。

 入ったとしても植民地政府が奪っていく。


「この状態を改めないとダメだ」


「一応欧米は資源を買い上げているけど」


「なら独立国として対等に交渉して購入するべきだ。支配者として奪うなど言語道断だ」


 海援隊を始め日本の志士たちが富国強兵を目指したのは日本がアジアの植民地にならないようにするために奔走したのだ。

 日露戦争はそのクライマックスだ。


「今度は、日本がアジアの開放のために戦う。まあ、その前に休息する。一昨年のように余計な事をやらかすアホをどうにかしないといけないが」


 ロシアとの交渉を終えた伊藤博文朝鮮統監がハルピンで暗殺されかける事件が起きた。

 事件発生直前に鯉之助がメタ情報を元に実行犯と首謀者を取り押さえ、未遂に終わったが衝撃は大きかった。

 実行犯は朝鮮人だったが、背後にいたのは朝鮮併合派、日本と大韓帝国内部の朝鮮併合派の連合体だった。

 軍の中枢も含まれていたことから、多くの陸軍将校を逮捕、拘束することとなった。

 しかも伊藤に雁字搦めに統制されて不満を抱いていた太宗まで関わっていたというのだから開いた口が塞がらない。

 今度こそ幽閉され、大韓帝国の皇太子は日本で留学することになった。

 同時に韓国に対する日本の影響力拡大と、大韓帝国が併合されないことを大々的にアピールすることになる。


「全く韓国は余計な事をしてくれる。お陰で色々と手を回す羽目になる」


「中国の革命に関わっておいて何が余計な事よ」


 1911年に民間が建設した鉄道を清王朝が国有化しようという動きに反対して武昌で起きた武装蜂起は瞬く間に中国全土に拡大。

 のちに辛亥革命と呼ばれる革命だ。

 各省が民主化、共和国となる事を求めて代表を集め、新政府を樹立。

 海外に亡命していた著名な活動家孫文を招き、中華民国を立ち上げた。

 清王朝は反乱に対して袁世凱を内閣総理、最高権力者にして鎮圧を命じた。

 しかし、日清戦争後、小国日本に敗北したことにより清王朝の威光は地に落ちた。

 しかも義和団の乱で諸外国へ宣戦布告した上、敗北したことにより列強の半植民地状態となり、更に恥の上塗りとなる。

 様々な改革を行おうにも、守旧派の妨害によりことごとく失敗に終わっている。

 清国の国民も清王朝に絶望し見捨てている。

 最早、清王朝に未来はないと考えた袁世凱は密かに中華民国と接触し交渉。

 宣統帝を退位させ清王朝を終わらせ中華民国が中国の正統政府にすることを承諾。

 その条件に、袁世凱は中華民国大総統の地位を求めた。

 落ち目の清王朝でも袁世凱が率いる北京の北洋軍閥は中国一の質と練度を誇る軍隊であり式は高いが烏合の衆である中華民国を劣勢に陥れていた。

 困った孫文は、袁世凱の要求を受諾。

 ここに清王朝は滅亡し、中華民国が誕生した。

 ハズだったが、ここで待ったをかけたのが、日本いや海援隊の鯉之助だった。


「中華民国と袁世凱が結びつき、清王朝を滅ぼそうとしているのは清王朝の主権を脅かす。日本が正式に承認した清王朝の要請に基づき、救援する」


 と言って袁世凱が守る北京に海援隊、次いで日本軍を送り込んだ。

 留守を突かれ、満州と海上から迅速に輸送された日本軍はすぐに北京を制圧。

 残された袁世凱の部隊は圧倒的な日本軍の前に逃走あるいは降伏し、北京は日本の占領下にはいった。

 親日派で知り合いの清王朝の皇族、粛親王を抱き込んで救援要請を出させたこともあり、欧米の抗議は無かった。

 現地の北京駐留軍と奉天から鉄道で輸送された関東軍と満州駐留軍、更に韓国駐箚軍と本土の部隊も船で駆けつけ、北京は日本軍によって制圧された。

 また海軍も出動し中国沿岸部を封鎖し中華民国向けの軍需物資を輸送中の船を拿捕、時に港に入り込み中華民国側の船舶を接収した。

 袁世凱や孫文をはじめとする中華民国は日本に抗議するが、圧倒的な武力を前に対抗できずにいた。

 そして、鯉之助は条件を出した。


「日本は平和的に政権委譲を行うのであれば中華民国を承認する。ただし、中華民国の領土は明王朝時代の領土のみ認める」


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