大韓帝国と国際社会

「それで欧米各国はどうですか? 議定書締結に反発していませんか?」


 日韓議定書を締結したが、締結に対する諸外国の動きが気になった鯉之助は龍馬に尋ねた。

 国力の差は知事待っているとは言え、ロシアの国力は、日本の倍はある。

 それにロシアの中枢は、広大なシベリアの遙か先、モスクワとサンクトペテロブルクだ。

 そこまで進軍する力は日本にはない。

 諸外国の指示を受けてロシアに講和の圧力を高め、講和を結ぶ以外に方法は無い。

 だから諸外国、特に列強の動きが気になった。

 交戦中のロシアは当然反発するし織り込み済みだ。イギリスも日英同盟と事前協議の感触から認めてくれるだろう。

 だがドイツ、フランスは違う。この二カ国は大韓帝国の局外中立を認めていたはずで日本の朝鮮半島制圧に反発する可能性がある。

 最悪、ロシア側に立って参戦してしまうだろう。

 日英同盟の参戦事項、日本がロシアと戦っている時、第三国が参戦した場合イギリスも参戦してくる。

 最悪ヨーロッパで第一次大戦並みの戦争が起きるだろう。

 そのような危険を独仏がおかすはずがないと鯉之助は読んでいるが、万が一の事がある。

 参戦まで行かなくても、ロシア寄りの好意的中立、日本への有形無形の妨害工作もあり得る。

 ロシアへの支援を行う可能性も高くなり、特に重点的に軍備を配備しているヨーロッパ方面での脅威が少なくなれば、極東へ転戦させ、陸戦で日本が更に劣勢となる恐れがある。

 しかし龍馬はとっておきの玩具を見せる子供のように笑いながら答えた。


「極東でのロシアの南下を怖がっているから黙認してくれた。特にドイツは山東半島に植民地を持っているからな。ここで止めて欲しいのだろう。それにドイツ本国はロシアと国境を接している。ロシアの力が極東に向かうのは歓迎しているようだ」


 ロシアの圧力を小さくするためにヨーロッパから極東へロシアの力を向けたいのだろう。


「フランスもですか?」

「ロシアへ資本を送っているが、中国南部や仏印の権益を侵害されるようなことは避けたいだろう。黙認といったところだ」


 フランスはロシアに金を貸しているがロシア太平洋艦隊が南下してフランスの植民地であるベトナム沖へ来るのは悪夢だろう。

 日本もロシアもほどほどに戦って消耗して欲しいというのが二カ国の本音だろう。


「それに高宗が信頼できると思うか?」

「たしかに」


 龍馬の意見に鯉之助は同意した。

 大韓帝国の皇帝高宗は小胆な人物だ。

 事大主義、寄らば大樹の陰で、力の大きな勢力になびく傾向がある。

 そして小中華主義で中国より遠い日本を見下している。

 先の日清戦争後、韓国の近代化を主張する開化派が力を付けたときこれを潰すために宮廷を離れてこともあろうにソウルのロシア公使館に逃げ込み、そこから開化派を弾圧した。

 さすがにこれは民衆も諸外国も怒って数ヶ月後、ロシア公使館から渋々出てきた。

 だが、日本憎しのため親露政策をとっている。

 朝鮮半島北部にロシア軍が入ってきていたのもそのためだ。

 朝鮮に絶大な力を見せつければ、自分の配下になるとロシアは見ている。

 そして高宗さえ、同意させれば朝鮮は意のままになると考えており、朝鮮への進出をロシアは止めなかった。

 日本がロシアに戦争に訴えた理由もロシアの勢力が朝鮮半島に入り込み実力行使で実効支配されるのを恐れたためだ。

 ロシアの極東での勢力拡大を警戒している国々、中国に権益を持っている諸国はこのような朝鮮を信じていない。

 だから水面下では、明治に入って三〇年の間、改革に務め、憲法を制定し、諸外国を模倣し制度を整えて、近代化を達成し、欧米に近い国になった日本に統治して貰いたいと考えているのだ。

 特に米国はそう考えている。中国へ進出する足がかりに朝鮮半島が必要だが、大韓帝国では統治能力が低すぎて足かせになる。

 そのため日本に朝鮮半島の統治を望んでいるほどだ。

 中立を宣言しているが、中立を維持できない国――侵攻されても撥ね除けられない国を助けるお人好しはいない。

 いたとしても裏、何らかの見返りを要求してくるのが常だ。

 かくして大韓帝国は日本の勢力下に入った。


「今後も、大韓帝国への監視は続けるが、朝鮮半島は我々の支配下だ」

「おめでとうございます」

「さすが近江屋で命を取り留めただけのことはありますね。ですが脅しとかしていないでしょうね?」

「していない」


 鯉之助が尋ねると龍馬はきっぱりという。

 そして何気なく付け足す。


「ただ、話の中で、ロシアの大軍が流れ込んでくるとか、拒絶すれば日本軍が占領するとか、大人しくしないと聞き分けの良い人間に話を持って行くとか、言ったが」

「いつも通りですね」


 話の分かる人間へ持って行く、お前を退位か廃位もしくは暗殺して別の人間を皇帝にするぞ、と脅しているように聞こえる。

 この十数年、幾度もの動乱で朝鮮は混乱しており、宮廷も幾度もクーデターや暗殺騒ぎが起きていた。

 特に日本の暗殺に怯えている高宗には、この手の脅しが効くだろう。

 龍馬の言葉に鯉之助は嘆息したが、龍馬は大笑いしながら言った。


「嘘とハッタリと実力行使が海援隊じゃからのう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る