油田という切り札

「まさか」


 ゲオルギーの言葉に鯉之助は絶句した。

 しかしゲオルギーは本気だった。


「陣地構築中に発見出来たとすればいい。戦争中のため軍事機密ということで細かい事は離さないが、耳目を集めるだろう。まあ誤報だと分かるが戦争後、正式な調査をすれば見つかるはずだ。だが、この情報が流れただけでどれほど注目が集まるか」


 もし、戦争の焦点が大慶油田に移った場合、更に争奪戦が激しくなる。

 ロシア側にフランスは勿論ドイツも加わり、利権を漁ろうとするだろう。

 借款を新たに追加したり、軍事援助の可能性も高まる。

 日本も英国、そしてアメリカも援助に加わるが、それは戦争の長期化を意味する。

 借金の一部を肩代わりしてくれるだろうが、流れるのは日本人の血だ。

 これ以上の流血など認められない。


「戦争を泥沼化しようというのか」

「そうなりかけた君が言うのかい?」


 鯉之助は黙った。

 大慶油田に目が眩んだのは確かだ。

 そして、失敗して多くの血が流れた。

 もし自分と同じ考えの人間がいたら目の色を変えて大慶を手に入れようとして更に多くの血が流れるだろう。

 石油は戦略的な物資に変わりつつある。

 皇海型戦艦が重油専焼缶で動かしたお陰で燃料補給が容易になったこと、洋上給油の有効性を世界に示した。

 自国で採れる石炭を重視するイギリスさえ、石油に対して興味を抱き始めている。

 石炭さえ本国で碌に採れないフランスなど、是が非でも欲しがるだろう。

 鯉之助が、大慶油田の事を黙っていたのは、油田を巡る争奪戦へ発展する可能性があったからだ。

 大慶を巡って一番踊らされたが鯉之助だが、これ以上の長期化は避けたいことは今の本心だ。


「わかった。以上で内容は決定する。しかし、皆を説得するのはキツいな」


 この条項、上空通過や大慶油田の価値を知っているのは鯉之助だけだ。

 上空通過を百年許す価値を日本政府や国民が理解できるだろうか。

 しかし、ゲオルギーは楽観的だった。


「大丈夫でしょう」

「何故?」

「あなたは変人で通っていますから。それにいずれ役に立つと誰もが知っていますから受け入れられるでしょう」

「そこまで変人か」


 自覚はあったが底まで変人と思われていることに鯉之助はショックを感じた。

 だが、今後のためを考えれば必要な事だ。


「もう一度確認しますが羅津、清津への延伸とは?」

「東清鉄道を使ってシベリアから産物を売却するための港が欲しい。冬でも輸出出来る港がロシアには必要だ」


 ウラジオストックが一番南にあるが、冬は凍結して海岸線から十キロ先まで氷で閉ざされる。

 砕氷船を使っても運用しにくい。

 不凍港の朝鮮半島の港、羅津、清津が使えるなら、ロシアには願ってもないことだ。


「出来れば、大連の港も使えるようにして欲しいのだが」


 ロシアが半ば強引に大連の港を手に入れたのも不凍港を求めてのことだ。

 その一つとして大連を整備した。


「利用するだけなら良いですが、ロシア人が乗っ取るために港にやってくると考えて、嫌がる人間は日本に多いでしょう」


 鯉之助としてはロシア人でも客は客であり、港の貨物取扱量が増えるのは港の運営を考える上で願ってもないことだ。

 だが、ロシア人が入ってくる場合は、危険だ。

 徐々にロシア人が増えていった後、ロシア本国が彼らの保護のためと言って武力侵攻しした上、なし崩し的に領土にする可能性もある。

 樺太で散々やらかしてきたし、日露戦争の原因も朝鮮半島の付け根をロシア人が開発した事から始まっている。

 二一世紀のウクライナでも同じ事をロシアはしている。

 在留するロシア人保護を名目に攻め込んでくるのではないかと警戒する人間は多い。

 妄想ではなく現実の脅威だった。


「日本の勢力圏にロシアが入り込むことを嫌がる人間が多いですよ」


 未来の火種を残す訳にはいかない。

 この辺は慎重にならざるを得ない。しかしゲオルギーは利を唱える。


「しかし、大韓帝国いや実質日本の港が潤うことをあなた方、海援隊は喜ぶだろう」

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