海軍と財政

 鯉之助の言葉に海軍側は黙り込んだ。

 戦場で条件を締結した後、イギリスの観戦武官に話しを持ちかけ、ハーグにいた龍馬が話しを纏め上げた。

 ドイツのイギリスに対する建艦競争が激しさを増しており、イギリス海軍は表向きはともかく内心はドイツ海軍の増強に焦っていた。

 特に、弩級戦艦の数が足りない今は。

 そこへ、ドイツの背後、ロシア海軍が増強されて牽制してくれるのなら願ったり叶ったりだ。

 そのため鯉之助の提案にはイギリスの方が、むしろ乗り気であり、ロシアが軍艦を購入するための国債販売を請け負っても良いと言ってきていた。

 日本海軍にも認めるよう圧力を掛けている。

 イギリス海軍を手本として成長した日本海軍にはイギリス海軍びいきが多く、某日本帝国海軍提督など公式の場で「我が英国海軍は」と言ってしまうほど英国海軍の影響が大きい。

 そんな帝国海軍がイギリスからの要請を断れるはずがなかった。


「財務当局としても軍艦の売却には賛成です」


 更に大蔵省からも支持の声が上がっていた。


「今回の戦争の戦費が嵩みすぎています。特に外国への支払いの為、外貨の支払いが多くなっており金が目減りしております」


「外債で一息吐けているはずだろう」


「しかし利払いでかなりの金額が今後海外へ流出します。ですが軍艦の販売、代金として外貨が入ってくるのであれば、支払いは一息吐けます」


「だがその軍艦が日本を脅かすぞ。再び戦争になって負けたら国が滅び財政どころではない」


「戦争の前に、金準備がなくなり金本位制度が崩壊した場合、日本経済は崩壊します。戦争の前に日本は滅び去るでしょう。例えロシア海軍を圧倒する海軍力があっても日本の経済を守る事は出来ません。そもそも、経済が回らなければ海軍の整備どころか維持も、弾どころか燃料となる石炭も石油も買うことが出来ません」


「石炭は九州、北海道、石油は樺太にあるだろう。採掘すれば良いだろう」


「その採掘を行うのは労働者です。彼らに労働の対価を何で支払うというのですか? 金の裏付けのない紙くずですか? それで採掘してくれるとは思えません。艦隊に一粒の石炭も一滴の石油も来ません。それどころか、俸給さえ紙くずになります」


「む」


 海軍側も強くは言えなかった。

 これまで海軍は予算不足に泣いてきた。

 幕末、海外列強に対する防備は明治政府の悲願であり最優先で整備したかった。

 明治政府が出来た頃から海軍の整備計画は幾度も立てられていた。

 だが、財政基盤の弱い明治政府にそのような資金などなく、国内産業育成のために使われ、海軍の予算は雀の涙だった。

 苦労した末にようやく西南戦争の辺りから増えたが、微々たるもので増強案は国会で何度も否決。

 明治帝が宮廷費の一部を寄付し、公務員が俸給を寄贈しなければ碌に軍艦を増強できなかった。

 それでも日清戦争ではアジア最強とされた鎮遠、定遠に対して小型艦で挑まなければならず日本海軍は苦戦した。

 対露戦備を増強する際も日清戦争の賠償金でようやく六六艦隊が整備できてロシアに対抗する事が出来た。

 それでも整備には苦しい思いをしている。

 予算を出されたら返答に窮してしまう。


「しかし、ようやく撃滅したロシア海軍を増強する手助けをするなど」


「残念ですが皇海級は戦力として値する期間は短いです。更に大型の大砲を備えた超弩級戦艦の建造が始まっており、我が国でも摂津級の建造が始まっています。早晩、恐らく十年ほどで皇海級は旧式化するでしょう。ならば、新たな艦を建造する余裕を生むためにも旧式艦の売却を進め、新型艦の整備に充てるべきです」


 海軍の規模を保ったまま、質を向上させた方が良い。そのためにも削減、財源としての軍艦売却は必要だった。


「それに軍艦を売却すれば、今後も軍艦の受注が期待出来ます。大きな財源になるでしょう」


 海軍を必要としている国は多いが、軍艦を建造できる国は少ない。

 日本は自力で軍艦を建造できる世界でも希有な国だ。

 各国から購入依頼が来れば日本は潤う。

 最大の軍艦建造輸出国はイギリスだが、一部でも奪うことが出来れば日本の国庫は潤う。

 特に日本はイギリスに比べて人件費が安く安価で販売できる。

 しかもアジアにあるため、アジア諸国、ハワイ王国やフィリピン共和国、清王朝、タイ王国から受注する事が可能だ。

 しかも販売だけでなくアフターケア、定期的な点検整備や装備の改修も請け負える可能性が高い。

 アジアで大規模なドックを持つのは日本だけだからだ。

 ロシアへの売却は、武器輸出の大きなアピールになる。

 大蔵省としては決して見逃すわけにはいかない。

 鯉之助に焚き付けられた部分もあるが税収アップの良策を無視することなど不可能だ。

 ここまで言われては海軍も反対は出来なかった。

 だがもう一つ反対勢力があった。


「陸軍も反対する」


 海軍に並ぶ軍事組織陸軍だった


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