第一師団 吉良軍曹2

(大丈夫か)


 伍長に聞かなかったことにすると言った吉良軍曹だが、頭の中で鴨緑江河口への上陸作戦を考える。

 今後の軍の動き、自分の生死に関わることであり頭の中で吉良軍曹は、軍上層部が何を考えているか考え始めた。


(本当に一気に上陸するのか)


 特定の地域に一気に上陸するのは手間がかかる。

 乗り込むのに数日かかるように、降りるのも同じかそれ以上に手間がかかる。

 もし既に半島北部に展開している第一軍の後に付くならすぐに出発するはず。

 一気に降りると北上するとき降りた部隊によって大渋滞が発生するからだ。

 吉良達が乗船に時間がかかったのも、東京から門司への移動のための鉄道が混雑して後回しになったからだ。

 半島に上陸しても同じ事が起きる。

 なのに大兵力を一気に上陸させる事が出来る、あるいは一気に上陸させなければならない作戦を考えている


(鴨緑江河口への敵前上陸か)


 大兵力を敵前へ一気に上陸させ敵に進軍すれば確かに移動の手間は少なく、渋滞も少ないだろう。

 だが敵地への上陸は危険だ。

 上陸中に襲撃されたら、態勢が整っておらず反撃できないためやられてしまう。

 大陸は海岸線が広いので敵のいない場所へ上陸することが出来るだろうが、限界がある。

 艀だけで上陸するのでは時間がかかりすぎるからだ。

 それに新兵も多い。

 徴兵したての新兵でも二ヶ月の訓練を受けさせれば一通りは戦うことが出来るようになる。

 一月に徴兵した兵士も部隊に組み込んでいるのも訓練をして戦場での動きを叩き込めたという自信が軍にあるからだ。

 だが、上陸の時に行うカッターのこぎ方は教えきれていない。共同作業が求められるオール漕ぎなのに本番が実戦では混乱を招くだけではないか、と吉良は思った。

 ただ、実行するようなので上層部には自信があるようだった。


「それにこれは何でしょうね」


 伍長が見上げたもの、貨客船の甲板に置かれた船のような物を見た。

 一見船だだが、上は角張っており下も、本来なら真っ直ぐ一本のキールが船首近くで分かれてY字型になっている。後ろにスクリューも付いている。

 先の日清戦争以来、おかしな新兵器や装備が導入されているが、こんな物は見たことが無い。

 ただ、扱った経験のある仲間は驚くぞ、と言っている。

 本当に役に立つだろうか。まあ、役に立って欲しい、と吉良は思った。

 上陸作戦は日清戦争の時に経験済みだが、カッターを使って物資を運ぶために何往復もするのは勘弁願いたい。


「一体何処に上陸するのだ」


 そもそも上陸地点を教えられていない。

 安全に上陸できる朝鮮南部はあり得ない。それなら連絡船か順次出航で事足りる。

 これだけの大軍なのだから何処かへの上陸作戦だ。

 遼東半島かもしれない。日清戦争の時のように旅順に向かって要塞を落としてから北上するのだろうか。

 あるいはこれから作戦が行われる鴨緑江周辺か。伍長の言うとおり渡河作戦の援護だろうか。

 味方が近ければ互いに援護できる。

 だが、鴨緑江は既に敵軍が待ち構えていると言う話を聞いている。

 上陸作戦は上陸するときが一番危険だ。

 武器を陸地に上げている途中、無防備な上陸時に攻撃を受ければ反撃できず大損害を受けてしまう。

 しかも、伍長のように口の軽い人間が上陸地点を言いふらしていたらロシア軍に筒抜けではないか。

 ロシア軍の銃口が待ち構えているのではないか。


「まあ、それは上が考える事か」


 十名程の部下を預かっているが一軍曹に過ぎない自分が大軍の運用を考えても仕方なかった。

 せいぜい自分に出来る事をするしかない。


「船に乗っている間は時間がある。もらった玩具の訓練くらいは出来そうだ」


 乗船前に与えられた新兵器の勉強をする事にした。

 新兵器を使って上手くやれば戦場で生き残る事が出来そうだ、と吉良は思った。

 しかし、その時間は短いとも思った。

 直後に出航の汽笛が鳴り、船は対馬海峡へ進み出した。

 船団の他の船も進み出し、対馬海峡を西へ向かっていく。

 予想される上陸地点である鴨緑江周辺まで、およそ八〇〇キロ。

 船団で五ノット程の速力と迂回などでの遅れを考慮しても九〇時間以内――四日もあればたどり着けるはずだ。

 その間に新しい兵器に習熟出来るか、吉良は心配になった。

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