遼陽会戦終結と日本軍の攻勢限界
大山の命令は直ちに伝達され、実行された。
最大の障害がなくなった第四軍と第二軍の第三師団が遼陽へ向けて突進し、残りの師団は遼陽を包み込むように西側へ向かう。
しかし、途中第五師団の攻撃が頓挫した。
第二軍の最左翼を北東方向、第八師団へ向かい、合流し遼陽の東側を包囲しようとした。
だが、ロシア軍の防御陣地にぶつかり進撃が停滞した。
第五師団の師団長は慎重になり、動きが止まった。後続していた他の師団も第五師団の停止で進軍できずにいた。
そして第一軍も第八師団もロシア軍の増援により防御が堅くなったため進撃が一時停止した。
「攻撃が停滞しました。兵力が不足してます」
総司令部で児玉が大山に報告した。
日本軍の補給の弱点がここで露わになった。
<武器なし、弾薬なし、食料なし、予備戦力なし、動ける兵力なし、第一軍に出来る事は昼寝のみ>
特に山岳地帯を急進撃した第一軍は手持ちの物資のみで移動したため、補給が追いつかず動けない状態になっており、黒木自ら窮状を訴える上記のような電文を送ってきた程である。
「大丈夫です兵力はあります」
総司令部に詰めかけていた鯉之助が伝えた。
やってきたのは旅順を包囲している第三軍の抽出部隊がまだ残っている。
さらに、各連隊に配備されている予備大隊が残っていた。
「これらの部隊を遼陽正面、あるいは第八師団の元へ送り込み、南と西から一挙に遼陽を突きましょう」
東側は山岳地帯でありこれ以上の補給は行えない。だが、南と西には鉄道があり、補給が届く。
攻撃を仕掛けるなら、この二正面だった。
「だが、ロシア軍は頑強に抵抗している」
児玉は懸念した。
報告によれば、クロパトキンは遼陽の前に防衛陣地を構築していた。
首山堡を中心とする防衛線が突破された場合にも撤退の時間稼ぎが出来るよう陣地を構築していた。
過剰な程、慎重だったが、実際役に立っており、撤退戦の名手と言われるクロパトキンの手腕は伊達ではなかった。
「大丈夫です。首山堡が陥落したおかげで観測点が手に入りました」
鯉之助が言った時、電話が鳴った。
「私だ、才谷だ。観測所が出来たな。電話線も通じているか。よし、列車砲部隊は砲撃開始だ。目標は遼陽の手前と、遼陽北方の鉄道を砲撃しろ。敵の防衛線と、退路を遮断しろ」
鯉之助の命令はすぐに実行された。
観測所からの指示により、八インチ列車砲は次々と、遼陽前面の防御線と後方の操車場に撃ち込まれる。
ロシア軍の防衛線は崩れ、退却のために停車場に集まっていた部隊も度重なる砲撃に混乱する。三十分ごとに出ていた列車は運転不能になり、発車も困難になる。
運び出す予定だった重装備、大砲や物資を後方に送ることが出来なくなってしまった。
「鉄道での脱出を放棄! 現地を命令あるまで死守した後、撤退せよ」
遂にクロパトキンは、全面退却に移った。
装備を運び出せないのなら攻めて人員だけでも助ける方向へ変更した。
日本軍の砲撃を受けながら、退却するのは、困難だし、線路を破壊されては列車の運行など不可能だ。
なだれ込む日本軍を前にロシア軍は混乱。
命令も二転三転し、部隊は動揺をはじめ、ついで潰走しはじめた。
日本軍の追撃は激しく、あっという間に遼陽へ進撃。
ロシア軍多数を捕虜にした。
勝手に退却する兵士が流入しロシア軍の混乱は更に大きくなった。
「恐れるな! 退却は司令部の命令に従い、順次交代せよ」
それでもクロパトキンは一兵でも救い出そうと奮闘した。
操車場に置かれた司令部に可能な限り残り鉄道復旧を指示しつつ、各部隊に指示を出す。
後方を攻撃しようとした第八師団と第一軍の前に強固な防衛線を敷くことに成功。
東西の防衛線の間に退路を確保し、ロシア兵を逃がすことが出来た。
日本軍が迫るとようやくクロパトキンも徒歩で脱出を行い、遼陽郊外の新たな司令部へ行く。
そして新たな司令部に到着すると八インチ砲の射程外に集結させていた部隊の再編成を行い、新たな陣地を構築。
日本軍を迎え撃ち、追撃を食い止めた。
さすがの日本軍も急激な追撃と数日にわたる戦闘で兵士の疲弊が激しく、遼陽の北に作られた防衛線に接触すると動きを止められ、追撃は終了した。
こうして日露初の大規模会戦、遼陽会戦は終結した。
前半は善戦したロシア軍だったが、後半の日本軍の奇襲により防衛計画が崩壊し、撤退を開始。急速な撤退により、ロシア満州軍は指揮下にある兵力の内二割、三万以上の死傷者、捕虜を含む損害を出してしまった。
一方、日本軍の損害は一万人以下と少なく、このことから日本の勝利と世界は見た。
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