日本の勝算

 興奮しつつも中国人は鋭い質問、日本の日露戦争の勝算について聞いてきた。

 先ほどまでの興奮も抑え、鯉之助の返答を聞き逃すまいと耳を傾ける。

 興味本位ではなく、今後の日露の行方、戦争後の未来を、中国の未来、中国の民衆の行方を知ろうとする意志から真剣に、いや真剣になろうとする中国人の男は尋ねた。

 鯉之助は少し考え、本音を、誤解されないように言葉を選びつつ静かに、答え始めた。


「ロシアは日本の二倍の国力がある国ですが、戦争になったからには日本はロシアに勝つしかありません」

「勝てるのですか?」

「勝てるように戦うだけですよ」

「二倍の国力を覆せるのですか?」


 半信半疑で中国人は鯉之助に尋ねた。

 日本が開国後、急成長し、清国を十年前の日清戦争で勝利したのは知っている。

 そして海援隊が世界に、アラスカや台湾を手に入れ、フィリピンで独立に手を貸したのも知っている。

 だが、ロシアと正面から戦って勝てるなど無理ではないかと思っていた。


「確かに二倍の国力がありますが、その国力全てをこの戦争にのみに注ぐことはロシアには出来ません」

「何故でしょう。ロシアは大国です。面積も広く、大量の兵力がいます」

「その通り、ですがそれが弱点です。面積が広いため多くの国と接触しています。ドイツ、オーストリア、オスマン・トルコ。国境を接する大国を挙げただけで三カ国もあります。膨大な兵力を持っていますが、これらの国に対処する兵力を用意しなければなりません」


 実際ロシアはヨーロッパでの覇権を確保するためにヨーロッパ方面に視線を向けている。

 それにロシアの首都や重要な工業地帯、穀倉地帯はヨーロッパ方面に多く、欧州列強の国境にも近い。

 鯉之助が上げた、ドイツ、オーストリア、オスマン・トルコは長年戦ってきた相手であり、さらに海を越えれば英国もいる。

 これらの国に隙を見せないよう兵力を貼り付けておく必要がある。


「それにロシア帝国も内部は盤石ではありません」


 帝国を名乗るだけに支配下には幾つもの民族がいる。

 しかしどの民族もロシアに従順なわけではない。

 併合したポーランドは激しく独立運動を行っているし、新たに支配下に置きつつある東トルキスタンの情勢も危うい。

 そして、帝国内に住む農民も農奴同様の生活であり、反乱の危険があり、監視と万が一の反乱の際の鎮圧に備え兵力を置いておく必要があった。


「ロシアが日本に全力を出せないよう、これらの勢力と緊密に連携し対応します」


 日本に兵力を集中すればこれらの勢力が、拡大しロシアを危うくする。

 もしこれらの勢力に対応しようとすれば、満州に集まるロシア軍の数は減り、日本軍に有利になる。

 いずれにしても、日本が優位に戦えるのだ。


「なるほど、しかし遠くの国と協力するのは大変ですな」


 感心しつつも遠くの国との連絡をする事の困難さを中国人は想像した。


「いえ、隣の隣ですから苦はなりません」

「隣の隣ですか」

「ええ、隣にあるロシアという大国の隣の国。隣の隣です。協力するのは当然でしょう」


 鯉之助の言葉に男は感動した。

 中華思想では皇帝の威光が届く範囲が中華、文明の中心であり、その外、威光が届かない場所は化外、夷の土地とされ野蛮な領域とされている。

 そのような土地とも外交を展開しよう、協力を求めるというのは、考えの外だった。

 男が驚くのも構わず、鯉之助は話し続ける。


「他にも中央アジアを巡ってイギリスと対立しています。しかも国内にも反帝国運動やロシア人支配をよしとしない民族が数多くいます。その対処に多大な国力を向けざるを得ません。結果、日本に向ける力は半分どころか十分の一くらいにする事も可能です。中国の兵法書にもあるでしょう。自らの全力を持って彼の分力を撃つ、と」

「なるほど」

「それにここ極東はロシア本国から見れば辺境です。鉄道で結ばれていますが何千キロも離れています。この距離を移動するだけでも大変です。大部隊の異動だけでも大変な労力です。いくら大国ロシアでも、動員するだけで大きな負担です。戦い続ければ、ロシアとて、大きな損害となります」


 鯉之助の流れるような説明に中国人が感動したとき、伝令がやってきた。


「失礼します才谷中将閣下。福島少将閣下がお呼びです」

「分かりました。それでは失礼致します」

「お話、ありがとうございます才谷中将」

「いえ、お役に立てれば幸いです張作霖さん」


 鯉之助は張作霖と握手をして別れた。

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