報復処置
「やれやれ、嫌な任務だぜ」
飛行船洋飛の船長折原は、長春上空を飛んでいた。
日本海海戦で敵艦隊の位置を伝える大成果を挙げたが、戦争が続いているため、満州軍支援の為に大陸へ派遣された。
当初は偵察任務だけだったが、ロシア軍の毒ガス使用を受けて新たな任務を命じられた。
報復の毒ガス攻撃である。
「まさか、俺たちも戦争に参加するとは。それも毒ガスの投下か」
飛行船のゴンドラに毒ガスを充填した爆弾を多数搭載していた。
鯉之助の立てた作戦は、報復攻撃、毒ガスによる攻撃だった。
当初は、ガス弾、用意していた砲弾に毒ガスを詰め込んでロシア軍の陣地に打ち込むことを考えていた。
第一次大戦の様相を知っているし、ロシアがガス弾を使う事もあり得ると考えて密かに研究させていた。
勿論、相手、ロシアが使わないが限り使用しないと鯉之助は決めていた。
しかし、ハーグ条約を日本も締結しているため、ガス弾の使用は国際法上違反とされる危険がある。
ロシア軍はボンベで散布しており国際法をギリギリ回避している。
報復攻撃だとしても条約違反の攻撃方法、ガス弾による砲撃を行えば、日本に国際的非難が集まる可能性が高い。
だが、このまま報復攻撃をせず野放しにすればロシア軍の毒ガス攻撃がエスカレートして、日本軍に多大な被害が出かねない。
そこで、飛行船に毒ガス入りの爆弾を乗せて、ロシア軍の陣地に投下する事を計画した。
ボンベに充填しているのは塩素ガス。
海援隊の援助により建設された化学工場から出てくる大量の副産物であり、用意するのは簡単だった。
これによって原料の塩素は確保された。
あとは、飛行船に乗せて投下するための容器を準備するだけだ。
このような事態を想定していたため鯉之助は、すでに準備を整えており、あとは前線へ送り届けるだけの状態にしていた。
ガス弾を乗せた飛行船洋飛は前線を超えてロシア軍の上空へ到達した。
だが、ロシア軍の前線へ到達しても投下せず更に北上を続けて空を進む。
そして、目的地を見つけると折原は命じた。
「投下!」
飛行船は砲兵陣地や物資集積所を見つけると、ガス弾を投下した。
地上で破裂したガス弾はボンベで散布された時より高濃度で瞬時に致死性の範囲を広げ、砲兵や兵站管理者の命を奪い、部隊の機能を、兵器を損なう事無く無力化――後方からの支援がなくなった。
支援――砲兵の援護どころか食事さえ送られない前線は脆い。
飛行船の攻撃終了と同時に日本軍の攻撃が始まった。
第七、第一二師団、樺太師団、海兵師団の選抜部隊が支援射撃の元、ロシア軍に突撃する。
ロシア軍も日本軍の反撃に対してガスを散布したが無駄だった。
突撃部隊は全員ガスマスクを着用していた。
北海道の夕張、九州の筑豊炭田と日本は豊富な炭鉱が多い。
だが炭鉱は石炭の粉塵や有毒ガスの噴出が酷く作業員に呼吸器系疾患が多く発生していた。
そこで鯉之助は彼らの健康を守る為に防塵マスクとガスマスクを開発、配備した。
少しでも作業を快適に、作業員が働けなくなることを防ぐ為だ。
また、ロシアが毒ガスを使用する可能性を、猿の駆除だと言って使用する可能性を想像して準備していた。
指揮下の樺太師団と影響力の大きい海兵師団に予め配備しておいたのだ。
第七師団は配置地域に夕張炭鉱を、第一二師団は筑豊炭田を抱えているため、炭鉱に配備されたガスマスクを得やすい。
すぐに各師団の留守部隊を通じて各炭鉱からガスマスクを調達させ、船便と鉄道で戦場へ急送させた。
攻撃に参加した将兵は、ロシア軍のガス攻撃に大きな損害を受けることなく前進。
むしろ所持しているガス手榴弾と浸透戦術で後方のロシア軍の司令部や特火点を攻撃しロシア軍を混乱させた上、ロシア軍のガスボンベを奪取。
周囲に散布して戦果を拡大し易々と進撃する事が出来た。
ロシア軍は毒ガス部隊以外へガスマスクを支給していなかったこともあり、大損害を受ける。
リネウィッチ大将は前線の混乱を収めることが出来ず、撤退を命令。
ロシア軍は大量の負傷者を残して乱れるように撤退していった。
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