戦艦皇海
「福州号、無事に通過しました」
「よし」
避難民が乗った船が無事すれ違う事に鯉之助は安堵した。
ただ参謀長の沙織は進言する。
「このまま行かせてよろしいのですか? 護衛に駆逐艦二隻を付けるべきでは?」
「周囲にロシア艦はいるか?」
「いいえ」
「なら、大丈夫だろう」
非武装、それも避難民を乗せた船を攻撃するのは慣習に反する。臨検は受けるだろうがロシア側は手を出さないだろう。
むしろ駆逐艦を付けたら、不運にもロシア艦に見つかり駆逐艦を攻撃しようとしたら下巻き添いを食らうだろう。
「それより、避難民の人達が万歳をしていたな」
「はい、勝って欲しいのでしょう」
「彼らいや、日本全国が期待している。負けるわけにはいかないな」
「はい」
その時、伝令が沙織の元にやって報告する。その情報を鯉之助に伝えた。
「長官、全艦、突入の準備完了しました」
「よし」
沙織の報告を受けて鯉之助は満足した。
夜が明けた後、鯉之助は海援隊第一義勇艦隊旗艦である戦艦皇海(すかい)の露天艦橋に立っていた。
連合艦隊の主力、旗艦三笠を先頭に六隻の戦艦からなる第一戦隊に先んじて、艦を進ませている。
旅順港の昨夜の戦果を確認すると共に、状況に応じて敵艦隊を第一戦隊へ誘導、必要があれば攻撃を加える命令が下っていたからだ。
本来は第三戦隊に与えられた任務だったが、皇海の速力と攻撃力、防御力を考慮して鯉之助達の乗る皇海に変更になった。
朝日を浴びて輝く皇海の船体は三笠などの標準的な戦艦とは隔絶した存在感を示していた。
三笠をはじめとする敷島型富士型の戦艦は前弩級戦艦――レシプロ機関の性能限界から一二インチ連装砲二基を前後に搭載し、大小の副砲群を船体に取り付けている。
だが皇海は船体の前後に二基ずつ背負い式で配置された四基の一二インチ連装砲塔が、搭載されるという異彩を放つ姿であり、内包する強大な攻撃力は、見る者に恐怖を与える。
副砲群が無くなり、一五.二サンチ砲に全て統一され門数は一四門に減っているが、全て砲郭に取り付けられており、むしろ防御に優れている。
船体から伸び上がる前後二本のマストは砲撃の衝撃でも振動しにくい三脚型。
重厚な装甲は三笠と同じクルップ社製の強化装甲板が使われ、従来の数割増しの防御力を与えている。
そして、最も異質なのは、この時代の戦艦ではあり得ない高速――二〇ノットで航行している事実だ。
レシプロ式機関を搭載した戦艦の場合、一八ノットを出せれば上出来とされる。
クランクの上下運動を回転運動に変える機構の構造上、効率が悪いし、機関自体も非常に重い。
だから、二〇ノット以上を出せる皇海が搭載しているのはレシプロ式ではない。
海援隊が投資して実用化した蒸気タービン機関を世界で初めて搭載した二二ノットオーバーの速度で走れる戦艦だ。
攻防走の三つのバランスがとれた最強の戦艦。それが海援隊所属の弩級戦艦皇海だ。
その露天艦橋に鯉之助は立っていた。
大陸からの寒風が厳しいが、艦橋の前に作り上げた遮風装置のお陰で風が和らいでいる。
二〇ノット以上の高速を出すので、無風状態でも風速一〇メートルのやや強い風――強風注意報レベルの強い風が吹く。
露天艦橋に立つのも大変になり、戦闘指揮に支障をきたすことが予想された。
そこで艦に向かってくる風を真上に向かって誘導し、露天艦橋の前で上に向かって吹き出す遮風装置を考案した。
戦艦大和の昼戦艦橋の周りに梁のような構造部が遮風装置で、艦橋に当たった風を誘導し上に拭き上げることで防空指揮所を守る仕組みになっている。
皇海の艦橋は大和より低いが、装置は完璧に機能し、支障なく指揮が執れた。
「敵艦隊発見!」
旅順方向を見ていた見張り員が報告した。
鯉之助も双眼鏡を当てて旅順の方向を見る。
昨夜の雷撃で多数の艦が傾斜している。
何隻かはマストだけを残して沈んでいた。
「昨夜の攻撃は成功だったか」
史実であれば戦艦二隻、巡洋艦一隻を撃破しただけだった。
しかし今回は鯉之助の用意周到な準備とメタ情報により大戦果を上げた。
「敵艦隊に動きは?」
「ありません!」
見張り員の報告に鯉之助は内心同意した。
敵もこちらを見つけたはずなのに動きがない。
迎撃の駆逐艦もいなかった。
「敵は戦意を喪失しているな」
予想外の奇襲攻撃を受けて、衝撃を受け心神喪失状態なのだろう。
「通信員! 連合艦隊司令長官へ打電! 敵戦艦複数隻及び巡洋艦複数隻に多数の損傷および傾斜を確認。敵の戦意は喪失状態で当方への迎撃なし。速やかに合流し砲撃されたし。以上だ」
「了解!」
通信員はメモを取るとすぐに駆け下りて下の通信室に向かう。
これで連合艦隊への任務は終わった。
後は戦果を稼ぐだけだ。
「全艦砲撃用意!」
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