ウラジオストック艦隊対策

「第二義勇艦隊がロシア巡洋艦と接触したそうです」


 円島の泊地にいた鯉之助に沙織が入ったばかりの報告をした。


「ロシア艦隊は撃退したんだな」

「はい、現在も追撃中との事です」

「弾薬の消耗を抑え、ウラジオストックまで追撃させろ。接触を絶やすな。連合艦隊と第二艦隊に通報しているか?」

「はい」

「第二義勇艦隊には第二艦隊にも敵艦隊の位置を通報するよう伝えろ。ウラジオストックに入る前に挟撃したい」


 小さいといえど広い日本海で合流できるなど無理だと分かっているが可能性はある。

 撃沈できなくても全速力で追撃すれば敵も全速力で逃げる。逃げるために艦内に大量の積載した石炭を消費する。

 船は倍の速度を出すのに四倍の出力が必要であり、その分エネルギー、燃料を必要とする。

 ロシアの巡洋艦は最大一〇〇日間洋上航行出来る能力がある。だがそれは経済的な速力で航行しているときの話だ。

 燃費の良い速度の倍、あるいは三倍にあたる最大戦速で航行させれば石炭の消費量は四倍から九倍に跳ね上がり洋上航行能力は格段に落ちる。

 勿論、ウラジオストックに寄港出来れば補給できるがウラジオストックの石炭の貯蔵量は少ないことは把握済みだ。

 シベリア鉄道を使えば補給できるだろうが、欧州から満州への陸軍増援部隊輸送に使いたいだろうから微々たる量しか手に入らない。

 仮に実行したらシベリア鉄道の輸送量が落ち増援部隊が少なくなり大陸に展開する日本陸軍の戦況が有利になる。

 いずれにしろ、ロシア艦隊を全速力でウラジオストックまで追いかけさせるのは悪い手ではなかった。

 取り逃がしたとしてもロシア艦隊は貴重な石炭を浪費ししばらく行動不能になるし。追跡中、ロシア間が無理な全速運転で機関が故障して落後し撃沈できれば大金星だ。


「連中を徹底的に追跡しろ。ウラジオストックまで追いかけてそのまま封鎖しろ」

「こちらの艦の燃料も足りませんが」

「給炭艦を出せ。もちろん護衛付きで清津、羅津へ向かわせろ。そこを拠点にしてウラジオストックを封鎖しろ。計画していたことの前倒しだ」

「大丈夫ですか?」

「大韓帝国には交渉する」

「事後承認ですね」

「露骨に言うな。外交交渉を怠らないと言っておいてくれ」


 ウラジオストック近くに港湾に最適な羅津、清津という港町がある。いずれも大韓帝国領だ。

 開戦前は駐留軍を送れなかったが、開戦後は様々な協定を結ぶことで利用可能になっていた。

 はじめから部隊を送らなかったのは、日本軍の作戦の中心が満州の制圧、そのための進撃路として半島の西側を選択したため、東側にある清津と羅津への部隊派遣が後回しにされたからだ。


「部隊の用意が進むかな」


 鯉之助の指示に沙織は疑問を浮かべた。

 朝鮮半島北東海岸への早期進出も叫ばれていたが満州へ戦力集中を行いたい陸軍の反対もあって中止されていた。


「主要輸送路である対馬海峡が襲撃されたんだ。陸軍も反対はしないだろう。それより、安全確保のために部隊を送り込むんだ」

「了解しました」




 この指示は早速実行された。

 追撃されたロシア巡洋艦部隊は全速で追いかけてくる海援隊第二義勇艦隊に追いかけられ必死に逃げた。

 その航海は過酷で機関の最大出力を保つため、常に給炭作業が行われ機関員に過労と熱中症によって死者が出るほどだった。

 途中、日本海軍の第二艦隊も連絡受けて合流、追撃戦に加わり追撃は更に激しさを増した。

 ウラジオストック艦隊は被弾したが必死に逃げた。

 その甲斐あって、近くの霧に逃げ込み追跡を躱してウラジオストックへ入港した。

 しかし入港時には第二艦隊と第二義勇艦隊の砲撃で被弾し大損害を出していた。

 ウラジオストック艦隊のいずれの艦も損傷し、一ヶ月以上のドック入りが避けられない状態である。

 それ以上に深刻だったのが、石炭の不足だった。

 追撃を振り切るために全速を出したため、積み込んでいた石炭を大量に消費してしまい、ウラジオストックへ着いたときには、ほぼ空だった。

 ウラジオストックの貯炭場もほとんど無く、鉄道による搬入も陸軍優先で望めない。

 中立国を通じた船による運び込みも、清津、羅津へ配備された日本側艦艇による封鎖網と臨検により防がれていた。

 これによってウラジオストック艦隊は行動不能となり、日本軍への通商破壊はほぼ不可能となるはずだった。

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